ぼくのブログを読んでくださっていたみなさまへ
ぼくは 4月3日 お昼の12時40分ころ
永い永いねむりにつきました
ぼくは 慢性腎不全でした
去年の4がつから闘病せいかつが始まり
この1年間 あねたんママとともに
びょういん通いをしてきました
最初は1しゅうかんに1度 そして4日に1度
さらに3日に1度となり 時にはまいにち
この数カ月は2日に1度かよっていました
むりじいが大キライな せんさいなぼくは
毎日あねたんママに ムリやりごはんを食べさせられました
「なーちゃん、頼む!ママのためにゴハンを食べてくれ!」
あねたんママは
必死の形相で
不気味な満面の笑みで
困ったはんにゃみたいなカオで
この数カ月 ぼくにずいぶんムリなようきゅうをしてきました
でもあねたんママは知っているんです
ホメちぎって おだてまくって
「あいちてる」を連発してぎゅうぎゅうやれば
ぼくが食べるしか しかたなくなるってこと
それくらい ぼくはとてもこころやさしく
根にもたず さいこーにかわいいってこと
ぼくはずいぶんストレスもたまったけれど
強引なあねたんママの努力のかいあってなのか
もともとぼくの才能なのか
この1年間 いちどもけいれんを起こすことも
嘔吐のくりかえしもなく
なんどもなんども復活をはかりながら
ぼくはがんばっていました
ときにはくるしかったり しんどかったり
つらかったりしたけれど
あねたんママがぼくにまだ離れてほしくないって言うので
がんばり屋さんのぼくは せいいっぱい
あねたんママのために がんばってあげました
ぼくって
ほんとうにほんとうにエライ
(と あねたんママが言っています)
なーちゃん!
なんてすごいコ!
なんておりこうさん!
なんてがんばり屋さんで
なんてかわいいコ!
なーくんカッコイイ!
さすが!
これがあねたんママの決まり文句です
でもぼくはこれにおだてられて
しっぽがぴーん
嬉しくなって あねたんママをついつい許しちゃいます
心配で不安でこわくて
時々きぼうにあふれながら
2人で通ったびょういんへの道のりは
今おもえば いっしょに生きてる証でした
この1年
あねたんママはとても忙しくて
ぼくも しんどい日がたくさんあって
いっしょに過ごせる時間は少なくなっていたけど
さいごのさいごのしゅんかん
ぼくとあねたんママ
いっしょにいられて
よかった
さいごのさいごに
「もうがんばらなくっていい」とあねたんママに言われたけど
ぼくは
さいごのさいごの
そのいっしゅんまで
がんばって生きていました
ぼくを知っていてくださったみなさん
ほんとうにありがとうございました
ぼくは4月6日の土曜日の夕方
お空へ旅立ちます
もしこれを読んでくださったかたがいたら
ぼくがふあんにならないよう
お空へ旅立つとき
そっと おうえんしてください
なー
野洲のおかあさん
なーくんを産んでくれたおかあさん
私をなーくんに出逢わせてくださって
本当にありがとうございました
なーくんは、私の最愛の息子です
7歳になったばかりで
7歳までしか生きさせてあげられなかった事が
何よりも悔しく、申し訳ない思いです
私がなーくんと一緒に居たいがために
なーくんに頑張らせ過ぎてしまったこと
2年ほど前から、仕事や他の事で忙しく
なーくんと2人だけで過ごす時間が減ってしまっていたこと
後悔することはキリがないほどです
でも
もしなーくんが私のことをキライだとしても
私はなーくんを
心の底から
死ぬほど
これ以上ないくらい愛してます
それを、それだけは、なーくんに知ってもらいたいです
4月6日土曜日、おそらく夕方頃、
なーくんはお空へ向かいます
もしそれまでにこの記事を読まれたら
どうかお空に向かうなーくんが
独りで不安にならないよう
一緒になーくんを想っていただけたら幸いです
最後に
私を悲しみから救ってくれた
これ以上ないほどの幸せと愛を感じさせてくれたなーくんに
ありがとう
ありがとう
ほんとにありがとーね、なーちゃん
※以前メッセージをくださっていた方、ブログを放置していましたので、
60日以前のものは読むことが出来ませんでした。
申し訳ありませんでした。