夢の中に釈由美子が出てきた。
何の前触れもなく。
釈由美子と付き合うなんて、ガンツじみてるぜ。
どうかしてるぜ。

次の日は
運転中に幽体離脱する夢を見た。
事故るかと思って必死でブレーキしたけど、遥か上空すぎて結果わからず。

毎朝疲れが抜けない。
今夜は
どんな夢を見るだろうか。

予想できない。

子供の頃は夕飯があって当たり前だった。
皿を洗ってもらって当たり前だった。
食後にアニメを見ているとき、皿を洗う音がうるさくて扉を強く閉めた。

馬鹿だった。

どんな思いを母にさせてしまっていたのか。
今さらながら後悔している。
もしあの頃に戻れるなら、「おいしかった」とか「皿洗うの手伝うよ」とか、言いたい。
それができなかった幼さが憎い。

思い出はいつも後ろ姿。
固く閉ざした扉を開くから。
振り向いたその顔は笑っていてほしい。

子供というのはいくつくらいになったらかわいくなくなるのでしょうか?
一歳二ヶ月のうちの息子は、私からしてみればネ申。
生きる意味そのもの。
ひいき目と言われようが同年代の子供のどこの誰よりかわいいです。
「俺の息子がこんなに可愛いいわけがない」
と疑ってしまったり。
まぁとにかく親バカです。

母に贈ったデジタルフォトフレームのデータ画像をふと、パソコンで見ました。
そこには今の息子と同じくらいの私を抱く若かりし日の母がいました。
母はツヤツヤで、父はフサフサでした。
生意気そうに姉が立ち、ふてぶてしい感じで弟が隣にいる。
子供の頃を昨日のように思い出します。
今は、みんな平等に年をとり、それぞれの家庭を持ち、違う道を歩みはじめました。

もう29歳なのか、まだ29歳なのか。
よくわかりません。
間違いなく言えるのは、私は子供が生まれなければ人生を破綻させていたということでしょう。
息子イズ私の全てです。
自分が死んで息子が助かるというシチュエーションが来たら喜んで死にます。

でも今を、いつまでも続けていきたいんです。
贅沢でしょうか。
そう思えるということは幸せだということでしょうか。
夢が叶ったということでしょうか。

今の私を見て父と母は「かわいい」とは思わないにしても、どんな感情を抱いているのでしょうか。

生き抜いて、その答えを知ってみたいと思います。
といってももう答えは出ているので、それを確かめるための長い旅なわけなのです。