海の日の昨日、海とは全く関係なく、子どものための学校見学に行ってきた。

あまり大きな夢を持ってもしょうがないが、それでも観ておく事はいいことかと思い、昨日永田町にある都立高校の見学会。

私の母校も歴史は古いが、更に22年程古く132年の歴史を持つ高校。
その教育姿勢や考え方、教育環境は素晴らしいものだった。
勉学は生徒が自立し為すべきもので、学校はそのために最大限努力して環境を整えるべき。そして何よりも人間教育を大事にする、という考え方。
この考えを元に学校が都や文科省、国公立大学に働きかけていろんな催しを生徒のために開催できるようにしたり、備品を整備したりしている。
教育事業にも積極的に参加し、文科省からそのプロジェクト指定を受けたりしている。
生徒も自分たちの手で物事を考え、決定し、折衝し、進めていく。

大学の進学結果だけみると、他の学校の方が優れているようにも見えるが、都立でありながら(都立故?)このような方針で生徒を指導しているのは素晴らしいと感じた。

そして学校の中で触れ合った生徒達が素晴らしく、この学校の人間教育を映し出しているように思えた。

学校の行事や校風などを見ていると(クラスを○○Rと呼ぶところなども)母校にそっくりだけど、なんとなく教育に関しては明らかにこの学校の方が優っているように感じた。
とはいえ、私の知る母校は数十年も前の話だし、学校で殆ど勉強していなかったので、それが正しいかは分からないけど。。。

この後数ヶ月の中で何校も見ることになると思うが、1校目にしてとてもいい学校を見学でき、今後の判断基準がなんとなく出来たような気がする。

とはいえ最後は子どもの判断と、なによりも成績による話だけれど。。。
はい。明けました!
おめでとうございます!めでたく梅雨明けです♪(笑)

今年の梅雨明けは私の中では理想的な太平洋高気圧が梅雨全線を北に押しやる感じの梅雨明けですね…

稲妻と夕立があればもっと理想的ではあるけれど、雨による被害が各地で悲劇を起こしているので、そうも云ってられないけど…

さぁ今年の夏はどこにも行けそうもないけど、どれだけダークになれるのか…

近場でがんばります!
今年になって、私の大好きな作家であり戯曲家である二人が、続けて亡くなられた。

共に私が学生時代に夢中になって小説や戯曲を読み、舞台や映画、ドラマを見ていた作家だ。

井上ひさしさん・・・
もちろん子どもの頃に『ひょっこりひょうたん島』は観ていたが、この頃は当然井上さんなんて知らなかった。
同じように『ムーミンのテーマ』『ひみつのアッコちゃんのテーマ』が井上さんの手によるものだなんて最近まで知らなかった。
井上さんの本を読み始めたのは、高校時代、『ブンとフン』を古本屋さんで買って読んだのがきっかけ。
電車の中で読んでいていきなり吹き出してしまい、それ以来夢中になって彼の作品を読み漁った。
『モッキンポット師の後始末』『手鎖心中』『青葉繁れる』『イサムよりよろしく』『いとしのブリジット・ボルドー』『新釈遠野物語』『四捨五入殺人事件』などなど・・・特に初期の頃の作品が多い。
当時は戯曲なんてのも読んだことが無かったからつかさんの作品と同様その独特な表現に慣れるのが大変だったけど、慣れてくると面白くて止められなくなり、これがきっかけで舞台にも興味を持つようになった。
井上さんの故郷への愛情と独特のユーモア、言い回しが大好きだった。
しかし・・・実は恥ずかしい話、『吉里吉里人』は最後まで読破できていない。
手に入れたのはかなり早く、何度か読み直しを試みたのだが、何故か理由は覚えていないけど、その都度途中で違う本に移ってしまってそれっきり。

つかこうへいさん・・・
つかさんの最初はあの『蒲田行進曲』。私の中では日本映画の中で3本の指に入る作品。
あの映画が好きで好きで、テレビで放送された時にビデオを録って、全台詞を覚えるくらい何度も繰り返し観ていた。
高校時代に兄の下宿先で夏休みを過ごしたことがあり、その頃だったかその後だったか。
だからかなり背伸びをして東京で一人過ごしていたあの頃の事が、映画のシーンと一緒に思い起こされる。
つかさんの作品は、その出演者も役者としてつかさんに鍛えられるから、その分作品に深さが出るようで面白い。みんな半端でなく演技派の名優になってしまう。

NHKで放映された銀河テレビ小説『かけおち'83』も大好きなつかさんの世界だ。
この中で主人公を演じる大竹しのぶが約10分?の台詞をノーカットで演じるシーンはつかさんの作品の醍醐味というかその魅力と、女優大竹しのぶの天才的演技の象徴のようであり、そのどちらも堪能できる。

本で云うと『小説熱海殺人事件』『傷つくことだけ上手になって』『つかへい犯科帳』『つかへい腹黒日記』『定本ヒモのはなし』『寝盗られ宗介』『青春かけおち篇』『ストリッパー物語』などなど・・・やはり80年代あたりまでの作品をよく読んでいた。

私なりに感じるところでは、二人にはそれぞれ共通するようなメッセージみたいなものがあったと思う。
それぞれが、その時代や社会、流行り、正義というものに対してどこか反発し、どこか嘲り、どこか皮肉っている。そのくせどこか純粋に楽しくユーモアがあり、哀愁があってほろりとくる。
なんか無茶苦茶な表現だけど、そんな風に感じられたところに共感し、それ故に二人の作品が好きだったのではないかと思う。

先日亡くなられたつかさんは、今年の元日に綴った遺書の中で
『友人知人の皆様、つかこうへいでございます。思えば恥の多い人生でございました。先に逝くものは、後に残る人を煩わせてはならないと思っています。私には信仰する宗教もありませんし、戒名も墓も作ろうと思っておりません。通夜、葬儀、お別れの会等も一切遠慮させて頂きます。しばらくしたら、娘に日本と韓国の間、対馬海峡あたりで散骨してもらおうと思っています。今までの過分なる御厚意、本当にありがとうございます』
と云っているらしい。
在日韓国人として生きてきた人生と身の回りで起きていたであろう差別、祖国、家族や自分の周りの人達に対する主張や愛情みたいなものが込められた遺言なのか・・・
見当違いかも知れないが、彼の最後の作品として読んだ遺書を、自分なりに感じるとしたらそんなものになった。

人が死を迎えることはしょうがないことと思いつつ、でも亡くなられた事はとても残念で・・・今はとにかく4月9日に亡くなられた井上ひさしさん、7月10日に亡くなられたつかこうへいさん、おふたりのご冥福を、心よりお祈りしたい。