先週の土日、善光寺に百観音達成のお礼参りに行って来た。この令和元年は観音信仰に目覚めて三年目に当たり、西国三十三所の大先達補任、そして百観音達成を成就出来た記念すべき一年となった。その締めくくりに...人生二回目となる善光寺への参拝。何とも美しいフィニッシュだ。
この善光寺に祀られていると言う阿弥陀三尊像は日本最古の阿弥陀像と言われており、廃仏派の物部氏により打ち捨てられた仏像を大阪の堀江から引き揚げてこの地に移動して来たのだと言う。阿弥陀如来を中心に、左(向かって右)に観世音菩薩を、そして右(向かって左)に勢至菩薩を配する。巨大な光背の内側に三尊を擁するこの様式は善光寺式一光三尊阿弥陀如来と呼ばれている。絶対秘仏であり、開帳される事は永遠にない。下の写真はいわき市所有の如来寺旧蔵の善光寺式阿弥陀像。
今回のお礼参りは、阪急交通社さんのバスツアーを利用させて貰った。とにかく、オプショナルが充実していたのが選択した最大の要因。前日に元善光寺をお参りし、その後善光寺の宿坊に前泊。精進料理を頂いた後、ゆっくり身支度を整え明日に備える。宿泊したのは天台宗の宿坊で常智院さん。恐ろしく行き届いた...完璧な快適さを誇る宿坊であった。暖房設備、バストイレ...快適この上ない。精進料理も美味しく、御住職も闊達で品の良い爽やかな方であった。また案内人のおじさんは、凄かったのなんの...こちらが持ち込んだ笈摺(おいずる)や御朱印帳、御影の枚数など瞬く間に記憶し、メモも取らない...。一瞬にしてツアー客のオーダーを覚えてしまう記憶力に呆然とさせられた。
冒頭の写真は、12月15日の早朝の物だが、ここに至るまで暗闇の中宿坊を出立。ポイント、ポイントで案内人のおじさんが様々に解説してくれる。それが何とも名調子で、聞き惚れる。これぞプロって言う感じ。
仁王門の高村光雲作の仁王像を繁々と眺め、夜が明けるのを待つ。この日の夜明けは6時53分。それに合わせて善光寺の1日が始まる。我々は本堂前で膝まづき、導師様がやって来るのを待つ。天台門徒としては、先代の貫主(天台宗大勧進のトップ)が色々やってくれたので気分は複雑(笑)。今は新しい貫主に代わっているので少々安心。お数珠頂戴となった。
続いて【お朝事】に参加。本堂にて天台宗と浄土宗による法要をお見せ頂いた。それにしても、この御堂の巨大さはどうであろう。正面から見ても相当に巨大なのだが、実はこの本堂...奥行きが凄まじく長い!外陣、内陣、内内陣と続くその長さは50m以上はあるのでは無いだろうか...。先ずはその空間に圧倒される。江戸時代には、参拝客がここで実際に寝泊まりしたと言うのも頷ける。おっそろしい収容力だ。
この善光寺は宗派に属していない。代表して天台宗と浄土宗により共同管理されている。これも非常に変わっている。宿坊も天台宗の○○院と、浄土宗の○○坊に分かれている。私は自宗派の宿坊で泊まる事が出来ラッキーであった。朝一、天台の貫主の数珠を頂戴し、天台声明に包まれて阿弥陀仏を拝む。最高のひと時であった。我が念じ仏である観音像も家から連れて来ていたので、鞄から取り出し一緒に聞く。おっそろしく冷え込む堂内であったが、寒さも吹き飛ぶと言う物だ。宿坊で頂いたホッカイロも力強い味方であった。
お朝事は前半が天台宗、後半が浄土宗によるお勤めとなる。30分・30分くらいか。従って前半は法華経、後半は阿弥陀経メインと言う感じ。天台門徒で良かったと思うのは、両方とも慣れ親しんだお経で、どっちも唱えられる事かな。念仏も両派の違いが良く分かり楽しめた。御簾が開き、僧侶が独特の仕草で手を回している...。声明は続く...。荘厳の一言であった。
浄土宗大本願のご上人は歴代尼僧が勤める。女性ならではの声明は途轍もなく美しく...聞き惚れたのなんの...。ほんと、極楽浄土からの歌声の様に思われた。で、内内陣で回向の申請者の名前が呼ばれ...自分の名前が響き渡ると少々誇らしく...百観音の成就と西国大先達補任を改めて感謝。先祖の霊に祈りを捧げた。
最後は内内陣奥から地下を巡る【お戒壇巡り】である。絶対秘仏である善光寺如来の御本尊直下に続く漆黒の空間で、壁を探りながらでなければ進めないトンネル。その先には、ご本尊とご縁を結ぶことが出来る錠前が待っている。これを握り、カコン・カコンと二、三度振って鳴らす...これで結縁だ!
(うむ...これで俺も...地獄行きだけは免れたか...笑。)
一安心(笑)。閻魔様、ご照覧あれ!
御朱印も頂きました。
伝統と格式...この墨書、美し過ぎます(笑)。ありがたや。
で、宿坊に戻ってようやく朝食。精進落としって事で、昨夜の精進料理とは打って変わって魚あり!美味かった!
食事後善光寺を出発し、最後の参拝地北向観音に。前日の元善光寺とこの北向観音は両寺院共天台宗だったので、安心して天台式の勤行でお唱えさせて頂いた。
善光寺のお礼参りは、この両寺院を参拝しないと【片参り】と呼ばれ縁起が悪いと言う。まあ、それも江戸を中心とした東日本だけで通じる話で、そもそも我々関西人は百観音の存在すら知らない人が殆どだ。坂東や秩父の霊場など巡る人は少数派と言って良いだろう。お礼参りも善光寺では無く、高野山や比叡山、四天王寺の方が多いかも知れない。従って善光寺お礼参りにおける片参り云々など...気にする人間を聞いたことがない。
しかし...
しかし...である。私は今や関東人。こちらの流儀に倣うのも一興。西国だけでは無く、東国の流儀もきっちりマスターしておけば...観音力も倍増しようというもの(笑)!!!
うむ。ゴリゴリでっせ(笑)。
日本全国の観音霊場を...歩きまくって来ましたからな。東北は中尊寺、毛越寺、立石寺(山寺)、瑞巌、関東は鎌倉を中心に坂東、秩父、日光...東京は浅草寺、寛永寺、深大寺を中心にあっちゃこっちゃ。身延山久遠寺、永平寺、妙心寺、そして関西は...書き切れん(笑)。これをRED WING9875一足で飛び回り、修行し、参拝して来た(笑)。
うーーーむ...
修行期間としては、充実した三年間であった。延暦寺の小僧の三年籠山行では無いが...石の上にも三年。やり遂げた感はハンパないのであります。
バスツアーの帰路、東京の夕焼けに富士山がくっきりと浮かんでいた。
これぞ...極楽浄土と呼ぶに相応しい...。阿弥陀如来が祝福してくれている様な気がした。
ちなみに...先月百観音を終えた帰りにも、バスの中から虹を見た。結願直後の画像がこれ。
なんか...ええ事ありそうな...
気がして来た(笑)。
以上、お礼参りのレポートでした。





