深夜に母がお茶しに来たので、
ちょうどいいやと思って、
どう変わったのか確認してみた。
私たいへんだったの、
という一連の話をしたら、
「迷惑かけたんだね」
「うん、でもまぁそれはもういいのよ。」
という、人生初の母に話が通じてる感。
スタンディングオベーションやっただけのことはある。
ちなみにこれまでの代表的な会話はこれ。
「いや、お母さん、お父さんのそういう話聞いてない感じは、脳腫瘍手術の後遺症でうまく記憶できないからなのよ。」
「そんなの関係ない!」
…え、いや、おおいに関係があって…
「だったら余計に気を付けなきゃだめでしょ!」
…あ、いや、気を付けようがないわけで、
周りがサポートしたほうがいいねって話で。
「もう、そんな話どうでもいい!
とにかくお父ちゃんをなんとかして!」
困惑ですよ。
日本語話者同士なのに、なぜこんなに話が噛み合わないのかと。
父、手帳も持ってる障がい者なんすよ。
わかって貰えないという私の認識の投影は、
こんなにとことんわかって貰えない現実を作ってました。
で、砂を噛むような気持ちで疲弊する私を、
「ゆうべはお母さんがすまんかったな」
と寄り添ってくれたのが父で。
んもーーパッパーーありがとー!
みたいな流れ。
それがねー、ほんとにねー。
理解したかどうかはさておき、
とりあえず会話は成り立ったし、
言葉が届いた感を持てたわ。
で、母が帰ってから、
これまでのいろんな感情がメドレーのように出てきて。
うわー、こんな生々しい感情久しぶりだなと思いつつ、あれ、解放したつもりだったけどなんで戻ってきちゃった?とかわたわたしつつ、
まぁせっかく出てきたんだから出しちゃおうと思って泣いたり怒ったりして、被害者意識を炸裂させながら静観してたら、それがぱたっとなくなって、
嘘みたいに静かになった。
すっごい静か。
なんか、百鬼夜行を見た感じ。
こんなこともあんのね。