ふと思い出した、ちょっとレアな話。


我が家が商売をしてた頃、
今ある宅配便とは別に、飛脚屋というのがありましてね。

これ、どのくらいの人がその存在を知ってるのだろう。


簡単にいえば、個人宅配業者となるのだけど、
飛脚屋さんと我が家では呼んでいた。

それは宅配便が登場するずっと前からあったものだ。

それこそ江戸時代の飛脚から、
連綿と続いていたものと思われる。
もちろんトラックだったのだけど。

店の軒先に木札を吊るしておくと、
荷物があるよという印になって立ち寄ってくれる。

気のいいおじさんで、
えんじ色のタートルネックにサングラスという出で立ち。

私を見ると決まってこう声をかけくれた。


「おう娘、元気にしとるか。」


飛脚屋の何がいいって、
名古屋あたりなら当日に届けてくれるところだ。

荷物を回収した飛脚屋たちは、とある1箇所に集まって、
自分のテリトリー外の荷物を他の飛脚屋に託し、
また受け取りをして、届けに行く。

住所は荷物にマジックで直書き。

アサリは海水を入れたバケツに新聞紙をかぶせて送っていた。
乾燥ワカメは米袋2枚をつかってくるんでいた。

そしてまだ私がアナログの手描きだった頃、
イラストを届けてくれていた。

他の荷物に比べ格段に軽いので、お値段もお安めにしてくれて。
もみくちゃにならないよう、助手席に置いてくれていた。



「おう、娘!」


あのおじさん、私の名前知ってたのかな。
住所に書いてたから知ってはいるのか。


そしてふと、私はおじさんの名字も名前も知らないことに気づいた。


飛脚屋のおじさん。


それが私にとっての彼の名前だ。


「おう、娘!」


あの声を、今でもときどき思い出す。

それは懐かしくて、ちょっと優しい。