このあたりで一度、中野中学校のワルガキ系列をまとめみよう。

まず最初に呼び出しをかけてきた三谷、こいつは中学2年生で、友達に南里、橋本という名だたるワルがいる。

この3人は誰がトップということもなく、いつも3人で群れて遊んでいて、3人のうちの誰かに何かがあると団結して結構な人数を集めて集団で行動する。

丁度この時期には3年生にこれという根性の座ったのがおらず、覚えている限りでは、プロパンガス屋の長男でラグビーをしていた石なんとか、石井、石本....定かではないがその彼が、体躯と体力では抜きん出ていて、誰も相手をしようとは思わない特別な存在であった。

2年生のワル共が最も恐れていたのは、新しく入ってきた1年生になにかを仕切られることだった。

学校の内外を問わず、彼らには彼らの収入源があり、それを取り仕切っている彼らの上に立つ高校生のワルガキ共もいる。

既に中学校に入っているワル共は、その仕切りの中でうまく立ち回っているので三谷、南里、橋本たちにはなんらの迷惑にもならないが、そんなルールも知らない、仮に教えても知ったことかと居直る新入のワルが彼らにとっては困った存在となる。

前出の収入源であるが、これは対象としての制限、つまり年齢や性別の制限はない。

当時流行った恐喝の手口で一円貸してというのがあった。

まともに一円を出すとその場で張り倒される。

一円とは百円のことであり、しかし百円が素直に出てくると家までついていってでも千円をカツアゲするのが彼らのやり口で、とはいいながらしつこく付きまとわれて絞り上げられても今のように自殺するようなガキはいなかったと記憶する。

なぜかと言うと、上から下への弱肉強食の連鎖が出来ていたからで、たかられた奴はまた誰かにたかっていた。

際限なく広がる無尽講のようなものだろう。

弱い奴は、誰に対しても弱いのではなく、そいつが強者になれる場面も持ち合わせていたということだろう。

でもそれさえ底はあるはずで、でもいくらたかられようと、殴られようとその頃のガキは逞しく?生きていたと思う。

さてS、つまり自分のことにも少々触れておこう。

出身はT小学校、同学年のワルガキに、吉田、寺西、川西などがいたが、どいつもこいつも正直なところ手に負えない小学生であった。

小学校の頃からタバコは吸う、酒は飲む(といっても真似程度)、中学生相手に恐喝はするし、中には吉田のように体格の秀でた奴は土方相手に喧嘩をして勝ったというから驚きを通り越してしまう。

その中でSはどうだったのかというと、信用するしないに関わらず事実をそのまま伝えれば、成績優秀、品行方正、1年から6年生まで学級委員長、という素晴らしい経歴?であった。

そんなSがどうしてワルガキ共と行動を共にしたのかは、そこに当時の少年たちが求めていたものが有ったからだと言う外にない。

まだまだ続く六三制愚連隊、もっとスリリングな場面や、ほのかにノスタルジックでヰタセクスアリスな場面も乞ご期待です。

ぜーんぶさらけ出します、少年の生き様!


六三制愚連隊

その3



 コケで足元が滑るような湿気の多い校舎裏、三谷についてきた大谷というのがまず出てきた。

「オレがさきにやったる」背格好は三谷と同じくらいで、小柄なほうだったが体格はガッシリしている。

大谷はそういって学ランを脱いで仲間に預けたと思った瞬間いきなり振り向きざまに殴りかかってきた。

ケンカに反則もないもんだが、これでは避ける間もない。

大谷の右フックがもろに入って口の中が切れ、血の味が広がるのが解った。

こんなとき意外と回りが見えているもんで、大谷が勢い余って足元のコケで滑り前のめりになっていた。

 どこからでも好き放題に攻撃できる体勢、攻めてくださいといわんばかりだった。

前のめりになった大谷の襟を後ろから掴んで、学ランを跳ね上げてベルトを握った。

そのままの格好で校舎の壁に、丁度鐘撞きの要領で大谷の頭を思い切りたたきつけた。

ウグッというカエルを踏み潰したような声を出して大谷はその場にうつ伏せ大の字に倒れ

込んだ。

ここからまだ攻めるかどうかはそのときの回りの雰囲気による。

勢いに乗って馬乗りになって殴ることも出来るが、相手はもうノビてるのだから更に攻撃をするのは、残った小谷と後の二人、つまり三人相手のケンカになる可能性もあるからだ。

 「そこまでやな」という小谷の声がした。

他の二人はビビッて後ろに引いていた。

「おまえなかなかやるやん? 小学校どこやったん?」と小谷がいままでとは違った態度で言い出したが、これはもう自分はヤル気なしという表現で、ケンカはここでお終いである。

「こいつ頭打っとるから後で医者連れてくわ。まだ授業終るまで時間あるから食堂でうどんでも食おうや」と小谷が言った。

 食堂、ん?と思う方もいると思うが、中野中学校には食堂があった。(以前に紹介していれば失礼)食堂といっても大したことはなく、せいぜい20人も入れば満員になるような狭いところで、大きな木のテーブルに丸椅子が置いてあるだけの殺風景なものだった。

メニューは、カレーライスとうどんくらいしかなかったような気がするが、それは自分が食べた記憶のあるものなのかもしれない。

この食堂は生徒なら誰でも入れるという訳ではなく、それなりのワルガキでないと中に入って飯は食えない。

たまにそんなことを知らずに、弁当を忘れた生徒が入ってきても、集中する視線を浴びてすぐに出て行く。

じつは俺もまだ食堂には入ったことがなく、この日が初めてだった。

小谷がおごるというのでついていくと、食堂には先客が何人かいて、「おう小谷またサボとるんかい?」と声をかけてきた。

「人のこというな!お前もサボッとるやないか」と小谷がやり返す。

「おお?そいつ1年のSちゃうんかい? なんで一緒に来たんや?」

そばにいた別のワルが俺を見て「南里が目立つガキがおるからいわしたるいうとったんはそいつやで多分、お前T小から来たんやろ?」と言った。


「もうええ!さっき話はついたんや。Sはオレの友達になったんや」と小谷が言った。

「へえ?友達かいな?子分ちゃうんやな?そらおもろい! 年下が友達か?」

と入ってきたときに声をかけてきたワルが小谷をからかうように大声で言った途端、小谷がそいつの頭を、そいつが食べていたうどんの鉢で殴り飛ばした。

鉢は割れて飛び散り、うどんと汁も当たり一面に飛び散ったが、なにより飛び散ったのはそのワルガキの割れた頭から流れ出た血だった。

あっと言う間の出来事だったが、殴られたワルはあまりのことに泣き出す始末で、食堂のおばさんたちも驚いて教師を呼びに食堂から出て行こうとするのを三谷が止めて、

「掃除するから黙っといてえや?な?こいつのケガも医者に連れていくし、な?」

とおばさんに侘びと言い訳をして、まだ泣いているワルに「おい、片山医者いこ」と声をかけた。

この片山が後々ひょんなことから仲良しの友達になる。

「医者もええけど、うどん食うてからにせいや」と俺が三谷に言うと、三谷は大笑いしてそれもそやなと食堂の食券売り場のほうに歩いていった。

後の友人、片山は、こいつなんやねん?という目で眺めていたが、文句をいうリキも残っていなかったようだった。






まずは主人公を決めなければと悩んだが、主人公は自分とすることにした。 それは、文責問題と事実誤認の場合の責任の問題があるからで、また記憶の曖昧なところをごまかすような卑怯なこともあるかと思い(笑)ここは一番、

自分が主人公で行くことにした。

そして更に卑怯なことには、自分は匿名で登場する。

これは記憶が定かでない面々の場合もそうなると思うが、実に身勝手なことである。


主人公はS、戦後数年の後この世に生を受け、至極勝手気ままに育ち盛りを過ごした。

成績は勝手気ままな割には結構良くて上位をキープしていたが、それ故に教師からの目こぼしも多く、それが更に勝手気ままに輪をかけていた。

通っていた中学校は中中である。

入学したときには、同じクラスに小学校からの同級生や同窓生が何人かいて、

まずは彼らの口から勝手気ままなワルガキであることがクラスに広まり、やがて他のクラスでも同窓生の口から広まったのか、入学早々2年生のワルガキ小谷から呼び出しがかかった。

小谷は小柄ではあるがなかなかの暴れん坊で、同学年の南部とつるんではワルサをしていたが、どちらかというと軟派であった。

それは小谷の浅黒くきりっとした顔立ちから、周りにいる女子がチヤホヤしたせいもあるが、後に聞いたが育った環境も大きく影響していたらしい。


入学して1ヶ月も経たない昼休みに、教室で弁当を食っているといきなり教室の引き戸を思いっきり大きな音を立てて小谷が入ってきた。

「Sってどいつや?」

大声の第一声がそれであった。

知らん顔してチラッと見ると、襟の高い学ランにラッパズボン、先の尖った革靴をピカピカに光らせて、教室中を睨み回している。

廊下には3人、同じような格好をしたのがこれもまた睨みを利かして教室を覗き込んでいた。

・・・まあ小柄やし、相手は全部で4人やけど、どうせこいつと対対でやるんやろ

からそれなら勝ち目充分と踏んだが、こいつをやってもタッチされて後の3人が順番に来たらちょっとシンドイ・・・

まあどっちにしても黙ってる訳にはいかん、「俺がSや!」と弁当箱のフタを思いっきり床に叩きつけて怒鳴った。

「ちょっと顔貸してくれや」小谷はそう言うと教室の外に出て行った。

どうなるんやろという同級生の好奇心と怖さが溢れ出ている顔を見て、ここは

下るわけにはいかん、なんとしてもカッコつけんとと思い、「おう、行ったろやないか」と小谷の後ろから教室を出た。

先頭が小谷、その後にオレ、後ろに3人、完全に囲まれた状態で小谷の後をついて行った。


この頃のケンカは、まず1対1でやった。

立ち会っているのが時間を計り、大体5分くらいで勝ち負けが決まる。

ケンカのルールは最初に、殴るだけか、蹴りもありか、道具はありかなどを決めて、反則があれば立会いが止める。

ただ具合の悪いのは、立会いがエキサイトしてくると、5分で勝負がついてもタッチと言って今度は立会いとやることになる。

しかし小谷をコテンパンにやれば立会いはビビッてタッチせんやろという読みがあった。

連れて行かれた先は校舎裏の学校の塀との間にあるジメジメしたところで、

もうケンカの話が広まったのか、窓から覗く連中や校舎の陰から覗く連中もいて、引くに引けない。


さて当時のワルガキのケンカとは?

次回をお楽しみに。