チックに対する私の考え、行動のベースとなっている、私にとっては大切な言葉があります。

ブログHappily Ticked Offで折に触れて記載されている、以下の言葉です。

魚しっぽ魚からだ魚からだ魚からだ魚からだ魚からだ魚からだ魚からだ魚からだ魚からだ魚からだ魚からだ魚あたま
May God grant you the serenity to accept the tics you cannot change, the courage to change the tics you can, and the wisdom to know the difference.
訳)
主よ、私に与えて下さい
変えられないチックを静穏に受け入れる勇気を。変えるべきチックを変える勇気を。
そしてこれら二つを区別する賢さを
魚しっぽ魚からだ魚からだ魚からだ魚からだ魚からだ魚からだ魚からだ魚からだ魚からだ魚からだ魚からだ魚あたま

これは恐らく、アルコホーリクス・アノニマス(アルコール依存症の更生団体)の言葉をもじったものだと思いますが・・・
調べてみると、原典はニーバーの祈りという祈りの言葉のようです。

自分でコントロールできる問題に対しては、精一杯取り組む。

でも自分の力ではどうすることもできない問題に対しては、それを受け入れる。その問題に対する態度を根本的に改める。それが例え受け入れ難い事だとしても、受け入れて生きていく。

この二つは決定的に異なるものですが、それを区別できる賢明さを、どうか授けて下さいという意味です。※解釈はスティーブン・R・コヴィー「7つの習慣」より

我が家が取り組んでいるチックに対する栄養療法は、変えられるチックを変えようとする行動です。少しでも小さな波の期間を伸ばし、大爆発しないために行動しています。

それでも完全に消え去るものではなく、チックは彼と共にずっとあります。銃弾は込められており、いつ爆発してもおかしくない。

これは変えることのできない事実で、受け入れなければならない事だと思っています。いま受け入れる事ができているかどうかは別として、受け入れる努力をしなければなりません。

できることは全てやる。
自分たちではどうすることもできないことは、受け入れる。

チックに限らず、あらゆることに当てはまる、とても良い言葉だと思います。