親父の形見のスーツ
親父からもらった茶色の三つボタンのスーツ
サイドベンツの胡桃釦
裾は極細ダブル
隠しポケットにはコンドーム
このスーツでライブもやったし
就職面接もやった
いつも俺の鎧として守ってくれた
最近着てないなあと思ってズボンに足を通したら右ポケットの下が破けてた
「あ~あ」と思いながら、一旦はクローゼットに仕舞ったものの
何か今お直ししなけりゃいけないような気がして袋に詰め込んで
車をぶっ飛ばした
行った先は並木洋服店
ミッシェルやスカパラや多くのミュージシャンがスーツを仕立てた店
行くのは初めてだ
あんましなんとか御用達みたいなの好きじゃないから行かなかった
でも親父の三つ釦のスーツはわかってる奴に治してもらいたかった
家族でやっているのだろうか?
店に入ると娘とおかみさんと気難しそうなオヤジが3人いた
早速店のオヤジにズボンを見せると
「お爺ちゃんのって感じの年季だね」
とかますのでなぜかカチンときて
「親父の形見のスーツ」
と言うと
「ふ~ん」としげしげ眺め
「いやあたまげるね~全部手縫いだしここまでやったら今じゃウン十万だよ」と言う
親父が神戸にいた時、大阪のテーラーで仕立てた逸品だ
当たり前だろ?と思いながらも気をよくして
「一着作ろうかな」と言うと
「色は?」と聞くので
「赤紫の玉虫」と答える
「裏地は?」と聞くので
「赤紫のチェック」と答える
「同系色でいいの?」と聞くので
何が悪いんだ、と思い「いい」と言う
「形は?」
「三つ釦」
「釦の柄は?」
「胡桃釦にして」
「サイドベンツは?」
「もちろん!」
「チェンジポケットは?」
「是非とも!」
ものの1分もかからなかった
懐かしいな~このノリ・・・なんだっけ?と思い巡らしたらば
あれだ!学ランのオーダーだ
やれ長ランセンターベンツで裏は昇り龍の刺繍で
背中に金文字刺繍で「南無阿弥陀仏」だとか
中ランセンターベンツで裏地は赤の玉虫だとか
短ランの丈は尻にかかるかかからないかで裏地は赤のチェックで、だとか
学ランの仕立て思い出したよ
よく行ったよな大分の駅前商店街の学ランショップ「キザキ」
まだあんのかな~
生地も決まったし「サイズみようか?」ってことになり
試着室でズボンをはく
「ウエストがちょっと緩いかな~」と言うと
「このくらいでいい」と言うオヤジ
(勝手に決めんな!)と思いつつ
「もうちょっと細くしたいんだけど」と言うと
「伸びない生地だからこれくらい余裕がないと座ったときキツイし、
お尻が破れるという事件に発展する恐れがある」と言う
言い方が妙におもろいので笑いながらも(確かに)と思い、
ウンコ座りしてみたら確かにキツイ
「そっすね、座った時にはこれくらいがちょうどいいかもね」と言うと
「モッズスーツは基本座らないことになってるんだけどな」と一言
その一言いらなくね!?
上着を着るとあまりにパッツンパッツンなので
「もうワンサイズあげようかな?」と言うと
「じっと我慢してればいい」とズボンには寛容だったのに
トップスはタイトを譲らないオヤジ
「いやあこれだと腕回せないしさ」とピート・タウンゼントばりに腕を回すと
「あ~、回しちゃうんだ?」とオヤジ
急に胸に手を当てて我が身を振り返り
「う~ん、そんなに回すわけじゃないけど
仮に回した時にビリッはカッチョ悪いでしょ」と言うと
仕方なさそうに、「サイズ下げましょう残念だけど」とオヤジ
なんで残念やねん!?
袖もカフスが見えなきゃってことでものすごい短さで挑んでくる
裾に関してもくるぶし上を譲らない
サイドゴアブーツ履くわけじゃないし
くるぶし上だとツンツルテンでウィルソンピケットみてえじゃん!
兎に角オヤジは自分の中の理想のラインと
モッズはこうあるべきという理念で攻めてくる
「別に俺はモッズじゃないし!」って何度も言いかけたけど
一応モッズスーツで有名な店だからやめといた
「普段も着たいからさ~」って言うと
「普段も着れる系の職業?」と聞いてくる
いちいち変なんだよな~
「生地は夏物冬物あるんすか?」と聞くと
「関係ない!冬物夏に着るのはありえないし、オールシーズンでいい!」とオヤジ
「冬は気合入れればいい!やせ我慢!!」とオヤジ
たまらず大笑いしてしまった
なんかだんだんオヤジと波長があってきた
このノリなんだっけ?懐かしいな~
と思ったらうちの親父に似てんだこのオヤッサン
裏地に刺繍する文言書けって言うから
「ロックにヨ★ロ★シ★ク!YOU-DIE!!!」と書く
「糸の色は?」と聞くので
「金」と答えると「金は糸が硬いから無理だ」と言うので
「何色ならできる?」と聞くと
「白」とオヤジ
決まってんだったら聞くなよ!と思った瞬間
「★だけ赤にしとくか?」
だって!
オヤジ気に入った!!
帰り際に「シャツもあるんすか?」って聞くと
「仕立てればね」とオヤジ
なんかツンデレなんだよな~
でも絶妙におもろい数十分だった
オヤジに会いにまた行こう