卒業後、健診が始まり、その後頸管が徐々に短くなってしまい安静生活中です。
(25週で2.6ミリ。次の診察で入院になる可能性が高い)
長い不妊治療生活と同じで妊娠経過も順調にいかず・・不安でたまらない気持ちはずっと続くんだろうなぁと思います。
私の不妊治療は5年前タイミングからスタートし、その後ステップアップし体外(顕微)を3年半続けました。
低刺激病院① 採卵4回 移植3回(通院期間1年4か月)
移植した胚盤胞グレード6日目4CC、6日目4BC、6日目4CC
化学流産1回、着床のみ1回
低刺激病院② 採卵4回 移植4回(通院期間1年1か月)
移植した胚盤胞グレード5日目B(-)B、7日目B(-)C(+)、5日目B(-)C(+)、6日目B(-)C
化学流産1回、繋留流産1回
高刺激病院 採卵1回 移植2回(通院期間1年1か月)
胚盤胞グレード 成熟卵11個を培養した結果→5日目4AA、5日目4AB×3、5日目3AB、6日目4BC
繋留流産1回
身体に優しいだろうと、低刺激にこだわっていましたが私には合っていなかった様子。
かといって高刺激をしっかり出来る技術のある病院はなかなかないと思うので、浅田レディースクリニックには感謝しかありません。
ただ、年齢が上がるとともに判定日のhCGが高く出るようになった(そして胎嚢確認までいけたのは移植7回目8回目9回目だけ)ので、病院の技術だけではなく他にも理由はあったのかなと思っています。
治療歴が長いので良いといわれていることや縁起物はほとんど試してきたものの私にはどれも効果が出ませんでしたが、胎嚢を初めて確認できた採卵周期から始めたことは食事内容の改善です。
私の家は小さい頃からお総菜を買ってきたり外食したりすることが多く、また自分でも冷凍食品やファーストフードをよく食べる生活でした。
結婚して食事を毎日作るようになり、バランス良く摂ることは意識していましたが添加物や体に良くないものは気にしていませんでした(食費を抑えることの方が優先で)
改善といっても添加物を一切取らない生活は無理で、気にしてばかりもストレスにもなるので出来そうなことだけ実践。
トランス脂肪酸の摂取を減らすため外で揚げ物は買わない食べない、ファーストフードを控える、冷凍食品・お総菜・コンビニ食を買わない、タレは手作り(焼肉のたれ等)、ドレッシングも作る、出汁も自分で、みりん風→本みりん、サラダ油→白胡麻油、ドレッシングはオリーブ油やアマニ油、生姜・にんにくチューブ等をやめ自分でおろす&冷凍、塩分の高いちくわ等は控えめ、ハム・ベーコン等は亜硝酸ナトリウムが入っていないものを買う、甘い物は控え、食べたいときはなるべく和菓子。
など、細かくいうときりがないですが・・、育ってきた環境もあって私にとっては最初は大変でした。けれど卵の質や体質改善のためにきっとなると信じて続けました。
最終的にやっていたのはこの食事改善、葉酸サプリ&浅田サプリ、数年愛用の絹腹巻で運動等は一切しませんでした。
治療費は約720万円。(婦人科でのタイミング含まず)
このうち体外2年目から助成金がもらえるようになり6回申請、毎年確定申告で30~40万円の戻り、で負担トータルは約510万円。
今年度も確定申告するので最終的な負担は480万円ぐらいかな、と思います。
遊びに行ったり外食したりあまりせず趣味だった旅行も我慢してきた生活でしたが、それでもこれだけ長い間治療に専念し続けられたことはありがたいことだと思います。
けれど精神面は本当に苦しかった・・。生きているのが辛いことが何度も何度もありました。
特に繋留流産が2回続いた手術の後は本当に本当に辛かった・・・
離婚の危機も何度もありました。夫婦仲がより深まる、なんて我が家にはありませんでした。
長年治療が続けば、お互い余裕もなくなりますから・・。
同じように長く続ける人が一人でも減るよう心から望みます。
採卵移植流産を繰り返すなんてただの地獄です。壊れてしまいます。
最後に。
流産したとき、卒業したとき、メッセージをいただきました。
ブログを始めた頃は色々な方とやり取りさせてもらっていたのですが月日がたつにつれ全員の方が妊娠そして出産されました。最初の方はお祝いコメントを書いていましたが途中から辛くなってしまい、コメント欄を閉じ人とやり取りするのをやめてしまいました。
それからは独り言のようなブログをただ書いてきていたので・・読んでいてくれた人がいたこと、応援してくれていた人がいたこと、本当に嬉しかったです。
おこがましいですが、今まで書いてきたことがほんの少しでも今後誰かの役に立つことがあれば・・と願います。
長くなりましたが読んでいただきありがとうございました!