本日、10時打出しで新美山願興寺観音講恒規法要が厳修されました。16名のご参拝でした。

般若心経、世尊偈、三宝御和讃、観世音菩薩御和讃、同行御和讃を務めた後ご住職のご説法がありました。

ご住職からは、13日の出雲観音霊場巡拝ご参加への御礼とこの巡拝が70回を数えたとのお話し。実に35年間の長きに亘り続けて頂いた事への御礼。又コロナ禍の前には40名程度だったものが20名程度になっていた。今回30名のご参加に対する御礼。

70回を記念したマスクホルダーをお配りしたとの報告でした。(観音講副会長 金本和夫 記)

 

via 宗淵寺/願興寺
Your own website,
Ameba Ownd

毎月17日10時打出しで新美山願興寺観音講恒規法要が厳修されます。本日は18名の方々のお参りがありました。

差定の法要が終わると方丈様のご説教があります。

本日のご説教は、方丈様の自邸が新築された事に因み、叢林に於ける住職、寺族の方々のお住まいのお話しでした。現時は庫裡にお住まいですが例えば住職様が住職でなくなった場合には寺族様方は庫裡に住まれる事は基本的にはないとの事でした。原則的にはそうだがいろいろな事情で寺族様方が引き続き庫裡にお住まいの場合もあるとの事でした。

次には、進前焼香する時の抹香について。本日の抹香はいつもと違うという事に気が付いた方はおいでになりますか?との事でした。云われてみれば何か違う感覚がありました。摘まんだ時の指の感覚が違っていました。

いつもの抹香ではなく違う種類に替えられたそうです。因みに抹香はどこで買うのか、という事でしたが仏具店は勿論ですが漢方薬局で買えるとの事です。いろいろな香り、煙の少ない物など各種あるとの事で、来月は又違う種類にしたいとの事で楽しみです。

以上がご説教で、その後行茶のおもてなしを受け暫く茶話話しの歓談し下山しました。合掌(観音講副会長 金本和夫 記)

 

via 宗淵寺/願興寺
Your own website,
Ameba Ownd

本日は17日。新美山願興寺観音講の恒規法要が厳修されました。参拝者は14名。

差定による法要の後、ご住職よりお布施についてのご説法がありました。

菩提寺では特に金額の目安もありませんので確かに悩む檀家さんは多いかもしれません。お寺でもいろいろと検討されている様ですが、商品の値札の如くにはなりませんので、問い合わせがあった場合には檀家さんの布施の記録が閲覧できる様にしたとの事でした。

また、布施とは貪らない事、全てを独占せずその一部を他へ施し与える事。そして誰にお布施をするかと云えば、須らくという事だそうです。お寺さん、友達、家族、自分等へお布施を行い、果樹に例えればその根としての縁を強くすること。そして、いつか何かしらの果実になるのにお布施だということ。

我々檀家は布施については常に迷う処です。特に財施についてはその金額の寡多について悩みます。

でも私自身は全く迷った事はありません。以前に東堂様から、布施は我々僧侶に対する評価だと教えて頂きましたのでそれなりに考えてお布施しております。

まとめ切れなくて難読となったと思いますがご勘弁下さい。合掌(観音講副会長 金本和夫 記)

 

via 宗淵寺/願興寺
Your own website,
Ameba Ownd

本日17日は新美山願興寺観音講の恒規法要でした。16名の参拝がありました。 盂蘭盆会明けという事もありお参りは少なかった様です。

読経の後、ご住職のご説教がありました。

15日の夜半に行われた灯篭流しの件。三密を避ける為に供物や灯篭を主催者が受取り皆さんにはそのままお帰り頂く。その後主催者により、法要にてお流しするという形態にした。

棚経の件については、3年前とは随分状況が変わって来た感があるとの事。檀家の家人にコロナの感染者があり棚経をお断りするとの連絡があったとの事で、3年前であれば感染した情報などひた隠しにしていた。皆さん、コロナに慣れてめずらしい事ではなくなったと思います。

3年前には棚経の始まり時期、地元で100名の感染クラスターが発生して一時棚経を中止した事がある。今では、10倍以上の感染数でも棚経を辞めるという事は考えないという状況。だから、外での行事であれば極端な密になる状況でなければほぼ大丈夫ではないか。3年前には考えられない判断である。感染自体が珍しくない認識となった。

 

コロナ感染については、仏教で云う処の貪瞋痴の三毒が思い浮かぶ。

 

まずは貪。これは疫禍当初に見られた事象。他にも困っている人がいるはずなのに、マスクや消毒液などを奪い合う様子があった。

 

次に瞋。感染したり感染する状況になると怒る方た多くなった。不安からくる怒りではないか。

 

最後の痴とは、物事について判らないという意味で、コロナについてはいろいろな情報はあるが理解する事は中々困難、出来なかった。

 

この様な困難な状況になると人の感情、行動はこの三毒で説明できる。仏教の普遍性をコロナが教えてくれた、というご説教でした。

その後、行茶のご接待でしばし歓談の後散堂しました。合掌(観音講副会長 金本和夫 拝)

 

via 宗淵寺/願興寺
Your own website,
Ameba Ownd

本日は17日で、新美山願興寺観音講の恒規が厳修されました。併せてペット供養塔の供養も併修されました。

 今月に入り、島根県でのコロナ感染数が大幅に増加し人口比率では全国的に恐ろしい状況になり参拝者も16名でした。ペット供養にお参りの方もお出でですので実際はもっと少人数でした。

差定の法要は黙読、心読で後にはご住職のご説教がありました。

併修でもあり、挨拶程度にするつもりだったが、大きな事件が起こったので少しだけお話しするとの事。

安倍元総理銃撃事件。

今回の事件は一過性の物ではなく、抱えている問題は延々と続いている。

27年前になるが、オウム真理教が起こしたサリン事件の事を話さなければならない。当時、自分は学生であったが、このサリン事件で国民は一般の伝統教団と事件を起こした新興宗教は違うものではないかと思ったかもしれない。でも当時の自分は、オウムと伝統教団に違いは然程大きくないと考えていた。

宗教への懐疑心が大きくなる中で、10年前の東日本大震災で伝統教団への信頼が一時は戻ったと思う。伝統教団の持つ「供養の即時性」にすがらざるを得ない状況だったから。

しかしまた、今回の事件で宗教教団への不信感がまた湧いたとすれば、その信頼を回復するには長い時間が必要だと思う。

 

時間が限られていたので詳細にはお話しできなかったかもしれませんが、難しいご説教でした。

 その後、ペット供養塔法要関係者と観音講役人の参列で、供養塔建立一周年の法要が厳修されました。(観音講副会長 金本和夫 拝)

 

via 宗淵寺/願興寺
Your own website,
Ameba Ownd

本日は10時打出しにて新美山願興寺観音講恒規法要が厳修されました。

併せて通常総会を開きましたが、時節柄密になる状況は少しでも避ける意味で、文書による承認頂く事にしました。

今回の恒規のご説教は、総会へのご出席者へのお土産で、一つには鎌倉のJR大船駅から見える大船観音寺の観音様を模した【観音最中】で今一つは、永平寺門前のマエダセイカ 羽二重餅の古里から取り寄せの【生羽二重餅】だとの事。これはヘラでいただく様でとても食べ難いそうですが皆さんお喜びだと思います。

次には、島根県出雲市東神西町の十楽寺で行われた授戒会に際し、日系三世の僧侶さんとのお話しでした。

その僧侶さんの仏門に入られた経緯についてのお話しでした。長い話でしたが、要約すると飼っていたハムスターが死んでそれに纏わってお寺との付き合い、お寺での経験などいろいろな経緯があり世の無常を悟り仏門に入られたとの事でした。

お釈迦様がまだ出家される以前に館から庭を見ているとミミズが土から出ると、飛んできた鳥に啄まれてしまったのを見て、世の無常を考えられたそうです。出家前のお釈迦様とその僧侶のお話しをどう考えますか。というお話しでした。

ご説教の後はいつもの様に行茶のご接待を頂き下山しました。合掌(観音講副会長 金本和夫 記)

 

via 宗淵寺/願興寺
Your own website,
Ameba Ownd

過日17日は観音講恒規法要が厳修されました。

三寒四温ながら気候も良くなり18名のご参拝がありました。

恒規の法要の後、ご住職のご説教がありました。

ご説教は、願興寺観音堂から南へ約2km程入った処に内馬という地域があります。その地域に建立されている観音堂(写真)が経年による傷みで再建される事になり、撥遣(魂抜きの意)供養を行なわれたとの由。立派な観音堂で、かつてあった銅山最盛期による往時の隆盛が想起されるとの事でした。少し前にも地域のお祭りやイベントの会場になっていたとの事でした。

この様な観音堂は各地域にそれぞれ有り地域毎にいろいろな行事や供養の中心となっています。

次には、主に出雲郷(あだかえ)地区の風習となりますが、葬儀の後に地蔵札を打つのですが、そのお地蔵様が23カ所あるとの事でその一つ一つをご住職が自転車で廻り確認されたとの事でした。そのデータはネットにアップされています。

私の地域は同じ出雲郷ですがこのお地蔵ではなく、松江六地蔵と云われるお地蔵さんを廻ります。ご住職は、この札打ちは仏事ではなく風習、土習と云われるものだとの事でした。因みにこの様な札打ちは、雲伯地域(島根県東部、鳥取西部)特有のものだともご説明がありました。 合掌(観音講副会長 金本和夫 記)

 

via 宗淵寺/願興寺
Your own website,
Ameba Ownd

【説明】

地蔵札の札打ちは、故人の四十九日間の冥土の旅に際して、その道中祈願として初逮夜までに行われています。

 

これはどうやら全国的なものではなく、地蔵信仰の拠点である大山寺の影響による、雲伯地方の風習のようです。

 

しかし、冥土で道先案内をすると言われるお地蔵様に、故人の冥福を祈り親族が札打ちという加行をすることは、葬儀直後の追善供養やグリーフワークとしても、大変意義のあるものだと思います。(個人的に「お地蔵さんのオリエンテーリング」と呼んでいます)

 

地域によって巡拝する場所が違い、松江市内では「松江六地蔵」と呼ばれる6カ所、安来では清水寺の境内を、それぞれ札打ちで巡拝されるようです。

 

当寺HPでは、昔から出雲郷地区の方々が回られている巡路を紹介します。

 

なお、便宜上各札所に数字を振っていますが、その順番通りに回らなければいけないわけではありません。

 

また、全ての札所を回らなくても構いませんが、より多くの札所にお参りされたほうが、お地蔵様のご加護をより多く受けることができます。

 

また札所名はすべて、便宜上表記したもので、正式名称ではありません。


【準備】

服装は喪服ではなく、歩きやすいように軽装で構いません。

予め、地蔵札に「戒名」「お参りの日付」「お参りする人の名前」を書いておきます。

なお、地蔵札はこの界隈の葬儀会社であれば在庫をお持ちなので、そちらでお求めください。(当寺に在庫はございません)

 

のり(一部の札所は貼って納めます)
線香とライター(線香を差せるところで供えます)

 

via 宗淵寺/願興寺
Your own website,
Ameba Ownd

その年に予定されている年忌法要は、毎年大晦日までに、位牌堂入り口に張り出して案内させていただいています。


最近はよく「法事は何回忌までつとめるものですか?」と質問を受けます。

ここでは、以下の一覧を元に、法事の意味合いとつとめ方について説明します。

当寺では、現在百五十回忌までご案内をさせていただいています。そのうち、意味合いを踏まえて、新亡から百五十回忌までを3つの区分に分けます。


①忌日法要

いわゆる「七日法要」から百箇日法要までの期間です。


故人は四十九日間かけて冥土の旅をすると言われています。(参照:「地蔵札の札打ち」)


その間、七日ごとに旅の安寧を祈り行われるのが「七日法要」です。


最近は本葬が終わると引き続き「初七日法要」をおつとめしますが、当地では慣習として逮夜(前晩の供養)でおつとめしますので、後日改めて、ご自宅にて「初七日逮夜法要」をおつとめします。

以前は二七日以降もおつとめしていましたが、最近はこれを省略することが多くなりました。


そして、冥土の旅の終わりに努めるのが「四十九日法要」です。ただし、早ければ三十五日に旅を終える仏もいるということで、「四十九日法要」は三十五日から四十九日の間につとめます。

「四十九日法要」が終わると「忌中明け」となり、原則としては葬儀前の日常生活に戻って構いません。


さらに百日目にも法事をしますが、これは節目の法要としてお寺参りのみ(上法事)していただきます。

「百箇日法要」は別名「卒哭忌」とも言います。「四十九日法要」が終わると日常生活を取り戻しますが、ご遺族にとって死別の悲嘆がそれで一様に解消される訳ではないでしょう。そのため、忌中が明けてからの「点検」の意味も含めて、節目の法要としておつとめします。


年忌法要は、もともと中国が発祥だと言われています。〝孝〟が重んじられた中国では、三回忌までの丸2年かけて喪に服し、年忌法要としてはこの三回忌までだった、と言われています。

いずれにしても、新亡から三回忌までが、故人にとっても遺族にとっても、特に重要なご供養の期間であると言えます。



②年忌法要

年忌法要には狭義と広義があります。

狭義においては三十三回忌までを意味しますが、ここでは意味合いを踏まえた一周忌と三回忌を除いた、七回忌から三十三回忌の期間として説明します。


古来より日本では、法事を十三仏の信仰に基づいて行ってきました。ここでは詳しい説明は省きますが、新亡から三十三回忌までが、十三仏信仰による法事になります。(参考:高野山真言宗 出雲十三仏霊場


以前は三十三回(五十回忌の場合もあり)の法要には、通常の板木ではなく、枝のついたハイノキの生木に文字を書いて、塔婆としてお墓に建てていました。

これは年忌法要の大きな節目を意味し、地域によってはそれ以降を「弔い上げ」と称して、個別の年忌法要を行わないもの、とされました。


最初の問いかけに戻ると、「三十三回忌までは必ず法事をしてください」ということになります。


③遠忌法要

五十回忌以降の五十年ごとに執り行われる法要のことを言います。

この辺りからだんだんと、檀主が故人との直接的な縁故を薄く感じる傾向があります。

当寺としては百五十回忌までのご案内はしますが、原則としておつとめをするかどうかは檀主が判断していいと思います。


ただし、古い家柄で代々の祭祀権を承継している、または先祖伝来の土地に住居している檀主は、仮に直接的な縁故が薄くとも、報恩の先祖供養として遠忌をおつとめするのが正当ではないでしょうか。

現代では他の承継財産と祭祀権は別個と捉えられていますが、他の先祖伝来の財産は承継して祭祀権だけ履行しないのは、道義的にいかがなものか、と考えます。


次に、それ以外の法事について説明します。


併修法要

1回の法事で2仏以上の供養をすることを「併修法要」と言います。

年内に複数件の法事がある、もしくは翌年に法事がある場合は、併修法要をして構いません。

ただし年次を遡って併修することは、原則としてできません。


歳末合同法要

年内に予定されていた法事がとり行われなかった場合、12月中旬以降に合同で法要を行います。

ただし百回忌までは対象の檀主に法要の案内を差し上げますが、百五十回忌についてはご案内を控えます。

仮に檀主のお参りがなかった場合でも、百五十回忌までは全ての先祖供養を致します。



via 宗淵寺/願興寺
Your own website,
Ameba Ownd

今日、ご法事の墓参りで近所の霊園に行ったところ、その一角が工事中でした。どうやら樹木葬の区画を新設するようです。

私が様子を見に行くを、法事に参列された方々も後をついて来られました。

中央には円形の石組があり、私が「個別に植樹するのではなく、おそらくあそこにシンボルツリーが植えられると思います」と説明すると、参列者の方が、

「限られたところしか木がない。まるで大きな鉢植えですね・・・」

と、仰っていました。

どうやら、樹木葬という言葉から、壮大な自然葬のイメージを持たれていたようです。

 

元来の樹木葬は、岩手県で里山の保全を兼ねることを目的に始められたと言います。

 

それと比べると、この霊園では人為的に作庭された環境で、決められた区画に埋葬するため、「周りに迷惑をかけず、自然に還る」というイメージには直結しにくいようにようにも感じます。

私は

「そうですね。これは樹木葬というより〝ガーデン葬〟かもしれませんね」

とお答えしました。

近年の埋葬で最もシェアを伸ばしているのが樹木葬だと言われていますが、おそらくそのほとんどは、この「ガーデン型樹木葬」でしょう。

 

企画や広報、運営も含めて、現在の樹木葬の実態が、「自然葬」というイメージとは多少異なることは、踏まえておいた方が良いように思われます。(住職 記)

 

 

via 宗淵寺/願興寺
Your own website,
Ameba Ownd