こんにちは。
一般大学生です。
今日は「陰で支えてくれる人」をテーマにお話ししようと思います。
私はレストランのキッチンでアルバイトをしています。
ある日、バイト終わりに手洗い場を掃除している主婦の方を見かけました。ここで数年働いている、50〜60代くらいの女性です。
そこは、掃除をしたからといって誰かに褒められるわけでも、目立つ場所でもありません。
それでも彼女は、みんなが使う手洗い場を、静かに、そして丁寧に磨き上げてくれていました。
その姿を見て、私はハッとしました。
私がいつも綺麗な手洗い場を使えているのは、こうして誰かが時間と手間をかけて支えてくれていたからなのだと、初めて実感したのです。
正直に言うと、それまで私はそんなことを考えたこともありませんでした。
綺麗なのが「当たり前」だと思い込んでいた自分が、恥ずかしくなりました。
考えてみると、忙しい時に冷凍庫を開けると、いつも新しい食材が補充されていたり、使いやすい位置に整理されていたりします。
そうした「誰か」の地味だけれど助かる行動のおかげで、私は困ることなく仕事が出来ています。
そしてこのことは、私のバイト先に限った話ではないのだと思います。
きっと目立たない行動の積み重ねの上で、私たちは毎日を「普通」に過ごせているのではないでしょうか。
私たちは誰でも気付かないところで支えられて生きています。
一人暮らしを始めてから、バイト終わりに洗濯をしたり、料理を作ったりするのは、とても大変でため息が出ますよね。(笑)
しかし、実家にいる時は母親が晩御飯を作り、洗濯物をすることは当たり前でした。
自分でやってみるまでその大変さに気付くことができませんでした。
当たり前の状態に慣れてしまうと、人は感謝を忘れてしまいます。
そして、その「当たり前」の裏側にある苦労や優しさに気付くことは、思っている以上に難しいものです。
そのためには意識して周りを見る目が必要なのだと思いました。
陰で支えてくれる人は、見返りを求めず、気付かれないまま動いてくれていることが多いです。
その存在に甘え続けていると、いつか誰もやってくれなくなってしまうかもしれません。
失ってから後悔するのではなく、今気付ける自分でいたい。
「めんどくさいから」で終わらせるのではなく、「誰かが少しでも楽になるなら」と思って行動できる人でありたい。
陰で支えてくれる人を見つけられる目を養い、その人たちにきちんと感謝を伝えること。
そして自分自身も、誰かを陰で支えられる存在になること。
もしこの文章を読んで、ふと誰かの顔が浮かんだなら、ぜひその人に「ありがとう」を伝えてみてください。
私もいつか、誰かを支える側になれるように成長していきたいと思います。