ナンバープレート 93-33
私には前を走る車両のナンバーを言葉に換えてしまう癖がある。
よくあるのは41-88 よいパパ とか よい母 88-88 はははは などはよくある。
93-28 臭い庭 0 18-30 人は去れ 59-23 号泣兄さん などもあるし 思わせぶりななんばーもあってドライバーはよく平気だなと 勝手に心配するのもある たとえば 11-18 いいいわーとか
07-24 おなにーよ とか11-19 いい いくっ などもある。
数字の前のひらがななども混ぜても面白い。 「ふ・・-18」で「ふ・・いや」というのもみかけた。
自分の車のナンバーは意外と覚えないもので、記入の必要に迫られたときはあわてる。あわてないように何とか語呂合わせを作って覚えておくと役に立つだろう。ちなみに私の車両は23-67で にさんがろくしち とあまりいいごろあわせができないがまあ覚えている。
江東区まで首都高で自動車通勤する友人は渋滞に巻き込まれることがおおく、詰まったときは前の車両のナンバーの数字をたしたり、ひいたり、かけたり、割ったり、累乗したりして、なんとかゼロにする方法を考えて時間をつぶすといっていた。
先ほど私の前の車両が 93-33 だったのだが 臭ささ。と読んだが。「くさっ!」とか「くさー!」は言っても「くさささ!」とは言わないなと、ふと我に返る。
痛いは 「痛っ!」は「痛たたた!」ともいうし「痛ーっ!」ともいう。
他には「熱っ!」「熱つつ」「熱ー」もある。
痛い、熱い、のような我慢しないといけないものは、筋肉の緊張を解いたほうが痛みが軽減するので語尾をのばしたり、何回も詰まらしたりして息を吐いて筋肉の緊張を解こうとしているのではないか。
ところが臭い場合はあまり語尾をのばすとその分を吸わなくてはいけない。臭いといってる空気を吸うのを避けるために「くさっ!」とすぐに息をとめるのではないだろうか。
関西地方では「くさー」とのばすがこいつは程度の表現で、のばすほど程度が強い。しかしそのぶん吸わないといけないので、すった後「うわー」とか「やっぱりくさいわー」などというのか。
その臭さが健康に影響がないとわかってる場合で、そのあと笑って終わるとか。
いくらなんでも危険な臭さの場合は「くさっ!」と短いのではないか。
そういえば「かゆい」も痛みの類だが「かゆゆ」とは言わない。
その刺激が危険なものでなく余裕があるときに限って程度の表現として息を吐き続けるのか。
私のようなものが関わる題材ではないことにいま気がついた。
よくあるのは41-88 よいパパ とか よい母 88-88 はははは などはよくある。
93-28 臭い庭 0 18-30 人は去れ 59-23 号泣兄さん などもあるし 思わせぶりななんばーもあってドライバーはよく平気だなと 勝手に心配するのもある たとえば 11-18 いいいわーとか
07-24 おなにーよ とか11-19 いい いくっ などもある。
数字の前のひらがななども混ぜても面白い。 「ふ・・-18」で「ふ・・いや」というのもみかけた。
自分の車のナンバーは意外と覚えないもので、記入の必要に迫られたときはあわてる。あわてないように何とか語呂合わせを作って覚えておくと役に立つだろう。ちなみに私の車両は23-67で にさんがろくしち とあまりいいごろあわせができないがまあ覚えている。
江東区まで首都高で自動車通勤する友人は渋滞に巻き込まれることがおおく、詰まったときは前の車両のナンバーの数字をたしたり、ひいたり、かけたり、割ったり、累乗したりして、なんとかゼロにする方法を考えて時間をつぶすといっていた。
先ほど私の前の車両が 93-33 だったのだが 臭ささ。と読んだが。「くさっ!」とか「くさー!」は言っても「くさささ!」とは言わないなと、ふと我に返る。
痛いは 「痛っ!」は「痛たたた!」ともいうし「痛ーっ!」ともいう。
他には「熱っ!」「熱つつ」「熱ー」もある。
痛い、熱い、のような我慢しないといけないものは、筋肉の緊張を解いたほうが痛みが軽減するので語尾をのばしたり、何回も詰まらしたりして息を吐いて筋肉の緊張を解こうとしているのではないか。
ところが臭い場合はあまり語尾をのばすとその分を吸わなくてはいけない。臭いといってる空気を吸うのを避けるために「くさっ!」とすぐに息をとめるのではないだろうか。
関西地方では「くさー」とのばすがこいつは程度の表現で、のばすほど程度が強い。しかしそのぶん吸わないといけないので、すった後「うわー」とか「やっぱりくさいわー」などというのか。
その臭さが健康に影響がないとわかってる場合で、そのあと笑って終わるとか。
いくらなんでも危険な臭さの場合は「くさっ!」と短いのではないか。
そういえば「かゆい」も痛みの類だが「かゆゆ」とは言わない。
その刺激が危険なものでなく余裕があるときに限って程度の表現として息を吐き続けるのか。
私のようなものが関わる題材ではないことにいま気がついた。