親父の不安を母ちゃんと共にもろに受け

それを吐き出そうとこのブログを始めました

途中パスワードを紛失し
長い間中断

その間も
ここに書ききれないほどの問題が
たくさん発生
(親父のことはもちろんその他諸々)

まだ
リアルタイムに記事が追いつかないうちに
親父は先日とうとう息を引き取りました

それでも
そのときあったことを忘れないために
カレンダーを見ながら思い出し
一気に書きました

読んでくださっていた方は
とても大変だったかもしれません

記事の内容も
がん患者に対する態度とは思えない
私の自分勝手な不愉快な感情が多く
気分を害された方もいたかもしれません

それでも最後までこのブログを読んでくださった方に
ただただ感謝するばかりです

本当にありがとうございました

ブログ「ぼんた丸のハゲ親父」
終了です


2011年2月10日(金)23時19分

頑固で小心者

世界は自分中心にまわっていると本気で思っている


そんな親父の病との戦いが

この日この時間

とうとう終わりを迎えた

この冬一番の大雪の夜
吹雪の中車を走らせた

親父らしいね
そんな日に最期を迎えるなんて


去年の12月

担当の医師に「あと2~3日」

と言われてから

2ヶ月が経っている


いつ呼吸や心臓が止まってもおかしくないと

今日明日が山ですと

何度言われたことだろう


少しずつ状態は悪くなってはいたものの


親父の底知れない体力は

もしかしたら治るんじゃないか?!と

淡い期待をもつほどすごいものだった


さすがだった


親父


病院へ搬送される前日に

私の誕生日だからと

疲れた体で車を走らせ

新居を見に来てくれたね


意識がなくなる前に

握手をしたのを覚えているかい?

またケンカしようと言ったのを

覚えているかい?


最期に口にしたのは

あの

カキ氷だったね


大好きだった苺のカキ氷

食べさせてあげたかったよ


親父が私の残した留守電

まだ残してあるよ


ガンという病気が判明してから

親父は

ほんとに憎たらしい患者だった


なんでも自分で決めて

何でも思いどうりにしようとして


最期まで親父は親父だった


それが私の親父だったんだ


しんどかったね

あんなに苦しみたくないと言ってたのに

叶えてあげられなかったかもしれない

でも2ヶ月もの間

頑張ってくれてありがとう





ありがとう親父


またケンカしよ














昨日の先生の話があってから
合わせたい人は今のうちにと
可能な限り手分けして連絡をした

親父はもう話すことができなくなっている

ぼんやりとした状態で
目もあまり見えていない

だけど聞こえてはいるようだ

駆けつけてくれた親父の叔母さんや
いとこたちが話しかけると
声のするようを向いて
かすかにうなずいたり
「あー・・・・」と声を出している

いちばん驚いたのは
孫たちが来たときだった

ちょうど私は親戚に状況を説明するため
廊下に出て話をしていたんだけど

旦那が子供たちを親父のところに
連れて行って

子供たちが「じいちゃん!!」と声をかけると
抱っこしようとしたのか
両手を子供たちのほうへ差し出したそうだ

それを聞いて
親父はやっぱり孫を大事に思っていてくれていたんだと
じーんとした

この土日の二日間で
親父が会いたいと思っていたであろう人が
たくさんきてくれた

遠方にいて
事情があって疎遠になっていた祖父(親父の父)までもが
会いにきてくれた

病気のことは親父本人が連絡していたけど
あまりの状態の急激な悪さに
祖父はショックを隠しきれないでいた

みんな
若いと細胞が元気だから
ガン細胞も活発になるんだよね・・・
進行が早いんよね・・・・・・と
口々に言っていた

そう
早すぎるよ

親父ぃ・・・・・・・・