マザコン/角田 光代 | Bon livre –いつか最良の一冊と出会う–


マザコン (集英社文庫)


女にもマザコンてあるのかなぁ。

私は母とうまく付き合えなかったタイプで、28で一人暮らしを始めてからようやく、
なんのしがらみもなく母と接せられるようになった気がする。

まぁその一人暮らしをするきっかけが、母とけんかをして、「出て行け」と言われたからなんだけど。

理不尽に母からキレられ、あまりに腹が立ったので、じゃあ出てってやるよと、
とっとと不動産屋で部屋を決め、家族を驚かせた。
母もキレやすくて面倒な性格だが、私もキレられるとつっぱしってしまう厄介な性格である。

子供のころ、ふとんをかぶって泣くだけで何も話さなかったり、
部屋にこもって出てこなかったり、扱いに困ったことも多かっただろう。
心をとざした私と話すのをあきらめた母が、買い物に出かける間際、淋しそうに振り返ったのを、
カーテンの隙間からこっそり見た。すこし、申し訳ない気持ちになった。

家を出る日、私と荷物を積んだトラックが出るとき、母は道路に出てずっと見送っていた。
悲しそうに私の部屋を振り仰いだ、あの時と同じような表情だった。

ときどき実家に帰ると、『クライ、ベイビイ、クライ』のように、手土産をたくさんもたされる。

私の母も、『雨をわたる』のように、定年したら外国で暮らしたい、と言う。
作中の娘とちがって、楽しく生きられるのなら、それでいいわ、と思う。
現地に男がいてもいなくても、うちにこもって愚痴っているよりずっといい。

『初恋ツアー』のように、昔の恋が再び燃え上がっても、別にいい、と思う。

父が恋人をつくるなんて、想像するのもいやだけど、母ならいい。
洋文が「気色悪いよ」と言ったように、やはり異性の親の恋愛は見たくないものなんだなぁ。

以前に付き合った男が、大学生にもなって母親から干渉されている一人息子で、
私と外泊するときも、男友達の家に泊まる、と嘘をついて出て来ていたらしい。
必死にそれっぽい作り話をしていた(お風呂の使い方がわからなくて熱湯をかぶった、とか)が、
全部バレていて、赤っ恥をかいた、というオチ。私の知ったことか、マザコンめ。

そんなわかりやすい、典型的な“マザコン”は出てこない。
どちらかというと、実の母親や義理の母親との距離をはかりかねている大人の男女。

マザコンていうのは、人に言われないとわからないものなのかもしれないなぁ。
うちの犬に「おまえはほんとにマザコンだな!」と言っても、首をかしげるしな。
あいつ、母のあとを追ってトイレまでついていくくせに、自覚がないんだ。困ったマザコンだな!