FROM:岡崎匡史

「カルト」という何気ない言葉。
宗教学では、「カルト」という言葉は注意深く使われます。

そもそも "cult" という語は、
「耕作、世話、崇拝、祭祀」などの意味をもつ、
ラテン語の "cultus"(クルトゥス)に由来します。

クルトゥスは、崇拝対象を中心とした信仰と
儀礼の組み合わせという意味です。

言葉の変遷

1952(昭和27)年に発行された
斎藤秀三郎著『熟語本位英和中辞典』では、
"cult" を「禮拝、奉仕」「(誰)宗、(何)道」
と訳しています。

1949(昭和24)年発行の『ローマ字和英辞典』で
「カルト」を引いてみると、
「カルト」という言葉そのものが記載されていない。

歴史的に、宗教学者や神学者が使用する "cult" には、
「聖人崇拝(カルト)」や「処女マリア崇拝(カルト)」
というように、人の神的存在を認めるという意味で使われました。

しかし、なぜ、
現代ではカルトは否定的な意味をもつようになったのでしょうか?

チャーチとセクト

19世紀から20世紀にかけて、
マックス・ウェーバーや
ドイツの宗教哲学者エルンスト・トレルチらが、
「チャーチ(Church)」と「セクト(Sect)」の区別を提唱。

トレルチは、
既成宗教として制度的組織の強い宗教集団である
カトリック教会を「チャーチ」。

その一方で、
宗教改革の際にカトリック教会から分離して独立した
新興宗教のプロテスタント諸派を「セクト」と分類しました。

さらに、「セクト」で十分な組織的基礎を固めた集団を
「デノミネーション(denomination)」と類別したのです。

「セクト(sect)」は、
伝統的・正統的なキリスト教会に対する
異端集団として使われだし、
軽蔑的な意味を含むようになりました。

そして、キリスト教を正統とするアメリカでは、
キリスト教以外の外来宗教を「カルト」とする見方が生まれ、

20世紀前半にはセクトとカルトが
ほぼ同義語として使用されるようになったのです。

カルトの誕生

1920年代、米国の社会学者は「カルト」を
「主要な宗教伝統に属さない米国発生の宗教」
として用いるようになります。

1930年代からは、
「カルト」が特定の宗派から見た価値観を含むようになる。

 アジアやアフリカからなどから移入した諸宗教や、
「異端的キリスト教」「非正統的なキリスト教」を指す
用法としても使われ出します。

キリスト教という物差しに対して、
未開・原始的社会における部族特有の密儀・秘儀に
過ぎないという侮蔑的な意味へと転化したのです。

「カルト」は、1970年代に新興宗教団体が集団自殺などを起こして、
さらに否定的な意味をもつ語として定着します。

社会的に有害な団体と想定され、
宗教的な性格をもつとされる集団を
「カルト」と呼ぶようになったのです。

ー岡崎 匡史

PS. 以下の文献を参考にしました。
・齊籐秀三郎『熟語本位英和中辞典』豊田実増補(岩波書店、1952年)
・高橋盛雄『ローマ字和英辞典』(大盛堂書房、1949年)
・ Simpson, John and Edmund Weiner. eds. 1989.
 The Oxford English Dictionary, Second Edition, Oxford: Oxford University Press.
・井門富二夫『カルトの諸相』(岩波書店、1997年)
・竹下節子『カルトか宗教か』(文春文庫、1999年)
・ブライアン・ウィルソン『宗教の社会学』(法政大学出版局、2002年)