今日は、その真相をあなたにも
知っていただきたいと思ったので、
その話をさせてください。




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From 田中英道
(東北大学名誉教授)


戦後、GHQは憲法を作り、
「神道指令」や軍国主義を、
根絶やしにするための
「公職追放」を行いました。

日本を骨抜きにしようというのであれば、
古い文化財を壊し尽くせば、
アメリカの目論見通りの
憲法に相応しい戦後社会を
作ることができるわけです。

しかしそうはしなかった。
一体なぜでしょう?

京都・奈良が空襲を免れたのは、
美術史家ランドンウォーナー博士の
おかげであると言われてきました。



ウォーナーがリストをあげ、
空襲を避けさせたというのです。

ウォーナーがリストを渡して、
「そこだけは空襲するな」
と言ったのであれば、
空襲を避けるということになるわけです。

つまり、それ以外のところに
ピンポイントで射撃あるいは
焼夷弾を落とすかどうかという
問題が出てきます。

文化財を救うためのリストは、
寺社などが多いですが、
空襲は上から建物を狙うわけです。

こうした寺院は京都や奈良の
至る所に点在しており、
空襲で該当の寺だけ避けることは、
腕の良いパイロットの技術を持ってしても、
非常に難しいわけです。

そのため結局、京都や奈良全体を
爆撃しないということになります。

しかし、ここに挙がっていない神宮、
例えば伊勢神宮、霧島神宮や
鹿児島神宮も守られています。

リストに乗っていない、
歴代神話に関係する重要な
神宮も守られているわけですから、
ウォーナーのリストが日本の京都や奈良を
守ったのではないという判断ができます。

では、一体なぜ京都や奈良が
無事だったのでしょう。

そこには、日本の天皇関連の
あらゆる施設を守るという密約が
あったことが予想されます。

京都や奈良には京がありましたし、
伊勢神宮は天皇の祖先、
高天原の祖先がおられるところです。

こうした日本の歴史を
知悉(ちしつ)した人物たちが
日本とアメリカ双方におり、
あらかじめ日本と密約を交わしたと
想像することができます。

実際に、1942年7月の段階で、
アメリカ国務省管轄下の
OSS(戦略情報局)の文書に、
「日本の天皇を平和のシンボルとして利用する」
ということが記されています。


つまり戦争をする前から既に
「天皇を維持する」という態度が、
はっきりしていたわけです。

これは、ルーズベルトにも伝わっており、
さらには密約という形で日本にも
告げられていたと私は見ています。

こうした密約の元に戦争が
始められたと推測しています。