物事にはルールがあり、決して自由ではない。
そしてルールブックが存在する理由にはそれなりの理由があり。

音楽が音楽であり続けるには、やはりavoid toneは絶対的に守る必要があるのではないか?
っとようやく気づくw

このルールを忘れては何でもありになり、フリーになってしまう。
完全フリーでもかっこ良ければ良いが、たいていはダサい。
どうやっても格好良くならないwダサ過ぎる。

現代音楽はまた独自ルールがありまったく別ものなので、それっぽくガーンと来るものもあり、かっこいい。だがオナニーを1時間も聴くのは苦痛w
やっている方は気持ち良さそうだがw




だがjazzの旋律の場合、ほぼかっこ悪い。
そのなかでも唯一評価が高い?
オーネットはまだまともw




オーネットのやっていることは彼のなかで気持ちよく歌っているだけなのかもしれないが・・・
オーネットはリズム感があるだけまともに聞こえるが、やっていることは相当の問答無用ルールかも。
80年代の大半のフリーはただ無茶苦茶やっているだけだが、真面目取り組んでいるオーネットみたいな人もいるw

コルトレーンは彼の挑戦的な姿勢を評価、マイルスはボロクソに言っていた。
どちらとも正しい評価かもw

しかし、音楽の長い歴史上、決して破ること無く、固く守られて来たルールが、和音と旋律との関係性。やはりこの一線を素人が簡単に踏み越えてはいけないと思う。

特に私のように耳が悪いくせに、やり過ぎると本当に盲目になり何でもありになってしまいかなりダサく、ドツボにハマる。耳の悪い人には陥りやすいミスかもw
そしてどうしても格好良くならず、才能ないとか悪い方向に物事を考えてしまう。
avoidはものすごく単純明快なルールだが、物事を理解せずに多面的に考えると本当に盲目にさせてしまう。

多面的とは、リハモ、アウトサイド、スケール、他にも沢山ある積み重ねる理論だが、やはりこの根底となるavoidのルールの上にあることを、ついつい忘れてしまった。
いわゆる根底ルールの構築された上での理論であることを無視しては元も子もない。

根底ルールである和音と旋律との関係性ルールは絶対ルールであるべきだとさっき気がつくw
馬鹿耳には簡単に乗り越えることができ、何でもそれっぽく聞こえるが、次の日冷静に聞き返すと、意味が分からないwダサ過ぎるorz

根底ルール、一線を越えてはならないものってある気がする。
特に凡人には絶対ルールがw
ルールを無視してルールを重ねても偶然な発見とかないし。
ましてや凡人にそこを打ち破るだけのものは無いことも自覚するべきw

和音と旋律のルールを忘れてしまっていたことを反省。
物事はそれほど複雑ではないが、根底ルールを忘れるとドツボにはまる。
数学に似ている気がする。
過程を間違えると答えは沢山あるが、答えはやはり間違っている。
正しい答えを出すには正しいルールに従う必要があり、そのルールを守らないものは決して正しい答えにたどり着けない。