日本国憲法には「法の下の平等」ってのが規定されている。

これは「人種・信条・性別なんかで差別しちゃダメですよ」って憲法という国の大原則でガチガチに定められている。

ただね、弱点もある。

それは表現が難しすぎてボク達が営んでいる実際の生活とのギャップがあって現実味がないって事。

正直な話、「言われれば確かにそうだけど、普段はそんなこと気にしてないなぁ」ってのが現実だと思う。


じゃー現実的に考えましょ?


大槻ケンヂは著書の中で「焼肉屋の平等」ってのを語っていた。

細かい内容は忘れちゃったけど、「焼肉屋さんではみんな平等。チョッピリ強面で道を極めちゃった人も、ひ弱な学生さんも、おじいちゃんも、ボクも、君も、愛するあの人も、仕事では厳しいあの人もみんな前掛けを着用する事によってそれぞれの毒素やネガティブなものが中和されて一心不乱にモフモフと肉を喰らう。その光景たるやかなり平等チックだ」って内容だったような気がする。


要するにアレだ、「前掛けを着用する事によって一切の毒が中和され、その現場に居合わせた人達が一体となって肉を喰らう。そこには人種・信条・性別は関係ないよ。ただ前掛けを着用して肉を喰らう人達がいるだけ」ってこった。

全然要約されてないけどね・・・・・・・・


これは憲法に定められた法の下の平等よりかなり日常的でわかりやすい。

現実的だ。

だが何かが足りない気がする。

それはなんだ?

ボクは考えた。


結果:焼肉屋さんの平等はビジュアルだけだ!


もっと根本からボクらは平等になれるんじゃないか?

それに必要なのはなんだ?

相手を知り、己を知る事だ!

そうだ!話し合いだ!


ちょこちょこっと話しただけではその人の人となりなんて分かりはしない。

そこで日本という国では古来より「呑みニケーション」という言葉がある。

「酒でも飲んで腹を割って話そうじゃないか!」ってヤツだ。

でもね、飲めない人や飲んでいても気を使う人っているじゃない?

全然腹割ってない。

っつーか割れてない。

むしろコイツには割れない。

そんなケースが多くない?

ボクは多いと思う。


簡単に言うと重要なファクターは「他人を傷付けない」「盛り上がれる」って事だと思う。

そんなことでコミュニケーションを図ればその人と平等な関係が築けるんじゃないかな?

酒は重要なファクターにはならない。

大体酒がなくちゃ本音を語れないヤツはダメだ。

ケツの穴が小さい。

酒はアイテムの一つではあるがなくてはならない存在ではない。


じゃーみんなが盛り上がれて他人を傷つけない話題ってナニ?


ボクが思うに「食べ物の話」と「エロ話」だと思う。

この二つ、ボクが話題に困った時に登場させるスーパーサブ的存在。

で、この二つのうち、どちらかがヒットした人とは仲良くなれる確率がムチャクチャ高い。

例えボクと相手の食べ物の趣味やエロのツボが違っていても「え~そうかなぁ~ボクはこっちの方がいいなぁ~」とか「いやいや、炊き立てご飯にマーガリンを溶かして食べる時にかけるのは醤油だよ。」なんて会話がポンポン弾む。

魔法のネタ。


ただ今回の目的は真の平等を勝ち取る事。

コチラもある程度の出血を覚悟しなくてはならない。

そうすると「あそこのお店は美味しいよぉ~」とか「やっぱガリガリ君はソーダ味だよね」とか「うまい棒はなに味が好き?」なんて会話じゃ弱い。

こんな上っ面だけの会話じゃ相手の心は開けない。

そうなるとエロ話が最強という事になる。


実際、仕事関係で仲良くさせてもらっているKクン(28歳、ドM、塾女風俗好き)とは彼の発したシモネタからボクらの距離は急接近。

近頃じゃ「ティーッス!チョメチョメしてる?」なんて山城新伍バリの挨拶だ。


相手の心をキャッチするには自分の心を開かなければならない。

オープンマインドってヤツだ。

多少のリスクは覚悟の上でエロ話を持ち掛けてみようじゃないか。


ただし、いきなりディープなのは相手に引かれてしまうのでタイミングとネタのセレクトには十分注意してもらいたいものだね。


まぁ用法用量を正しく守ってお楽しみ下さいってこった。

そして、お互いの心の平等を勝ち取って友達を増やそうじゃないかっ!