Ameba 弁理士の日々

Ameba 弁理士の日々

gooから引っ越してきました。

8月15日の終戦の日が近づいてきました。
「二度と戦争はしません」と訴えるとき、われわれは、第二次大戦において日本人が受けた被害を思い浮かべます。東京をはじめとする日本各地への大空襲、沖縄戦、広島・長崎での原爆被害、ソ連参戦で受けた満州開拓民の悲劇、などです。
一方、日中戦争・太平洋戦争で、日本軍兵士が戦地の住民に対して行った加害については、ほぼ反省のチャンスがありません。そもそも最近の若い人たちは、日本軍兵士による加害の事実を知らされていないでしょう。
知らない理由は、意識して、加害行為がなかったことにしてきたからです。

加藤陽子著「満州事変から日中戦争へ―シリーズ日本近現代史〈5〉 (岩波新書)」について記事にしてきました()。

日中戦争中の日本軍兵士の行為について、上記加藤著に以下の記述があります。
陸軍省軍事課長であった田中新一は、1938年1月12日の業務日誌に「軍紀風紀の現状は皇軍の重大汚点なり。強姦・略奪たえず。現に厳重に取締りに努力しあるも部下の掌握不十分、未教育補充兵等に問題なおたえず」と書きました。

日中戦争は日本軍にとって緒戦から困難な闘いとなり、37年中に動員された兵士は93万人に達します。その内訳は、召集兵は59万4千人で、現役兵の33万6千人の倍近くでした。戦争は続き、帰還兵による戦場の様相が少しずつ社会にも伝えられるようになります。
「陸軍次官通牒『支那事変地より帰還する軍隊及び軍人の言動指導取締に関する件』に例示されている帰還兵の話には、次のようなものがあった。
『兵站地域では牛や豚の徴発は憲兵に見つけられたよく叱られたが、第一線に出れば食わずに戦うことはできないから、見つけ次第片端から殺して食ったものだ』『戦闘中一番嬉しいものは略奪で上官も第一線では見ても知らぬ振りをするから思う存分略奪するものもあった』『戦地では強姦位は何とも思わぬ』。」

加藤著では、上記次官通牒の出典が書かれていませんでした。そこで今回、GoogleAIに聞いてみました。その結果、出典を知ることができました。
『支那事変地ヨリ帰還スル軍隊及軍人ノ言動指導取締ニ関スル件』
通牒番号: 陸支密受第九七九号(陸軍省兵務局兵務課起案、昭和14年/1939年2月6日)

さらに、添付資料にある「不穏言動例(あるいは不穏文書例)」の内容についても聞いたところ、GoogleAIの回答は以下の通りでした。
「敵の捕虜や便衣隊(ゲリラ)を片端から銃殺・刺殺した」
「罪のない苦力(中国人労働者)や住民を面白半分に殺した」
「銃剣の突き刺し訓練の標的にした」
「現地民の家から財産や貴金属、食料を力ずくで奪い取った」
「証拠隠滅や腹いせのために、中国人の集落や民家に火を放って焼き払った」

上記以外について、戦争での日本軍兵士の加害について記載された図書についてこのブログ記事から拾うと、
吉井義明「草の根のファシズム」
保坂正康「昭和陸軍の研究」
私が読んだその他の著書としては、
秦郁彦著「南京事件―「虐殺」の構造 (中公新書)」
小松真一著「虜人日記 (ちくま学芸文庫)」
石川達三「生きている兵隊 (中公文庫)」
五味川純平「人間の条件〈上〉 (岩波現代文庫)」
が挙げられます。

さらに、私の記憶では、戦争中、戦争に行っていない普通の日本人が、戦争の実態をどのようにとらえていたかを暗示する記事が、日経新聞の「私の履歴書」に記載されていた記憶があります。誰の回であったのかを思い出せません。そこで、記事の概略を述べた上で、GoogleAIに聞いてみました。すると、あっという間に正解を見つけてくれました。著者は石川六郎氏(鹿島名誉会長,当時)、記事掲載時期は2002年7月1日~7月31日でした。そこで、日経新聞社の単行本を購入して読んでみました。

太平洋戦争の終戦間際、東京大学第二工学部の学生だった石川氏は、勤労動員で九十九里浜(千葉県)の近くにある町に援農に出かけました。分宿の際、「援農隊長」だった石川氏は町長の家の離れに寝泊まりしていました。
『ある晩、町長夫妻が私の部屋にやって来て「石川さんに折り入ってお願いがある」と改まった様子で切り出した。聞いてびっくりした。「うちの娘を女にしてほしい」と真剣に頼むのだ。当時は一般の日本人に「鬼畜米英はどんな暴行を働くか分からない」と思われていた。そして米軍の九十九里浜への上陸は必至と思い込んでいた。
「だから、娘が不憫で仕方なく」と訴える。もちろん「戦争はまだどうなるか分からないし、上陸が九十九里浜とは限らない。英米人も同じ人間だ。かわいいお嬢さんを大切にしてください」などと話してお断りした。』

この話、日本を占領した米軍が日本人に及ぼす危害について、町長夫妻が想像したことは、おそらく、日本軍が占領地で行っている加害について話を伝え聞いていたからでしょう。そうでなかったら、いくら「鬼畜米英」との言葉が知られていても、その米英軍が占領地で強姦しまくるなどの想像はしないと思われます。

この記事から私は、日本軍兵士が占領地で実際に行っていた加害行為について、内地の日本人がどのような知識を有していたか、という点について確信しました。