私たちの動きの中には様々な習慣が見られます
もし、その習慣が身体に不具合を生み続けているとしたら、その習慣は変えたいですよね
また、その習慣が不具合を生むものではないとしても、習慣的ではない動きを受け入れることが全く出来ないとなると、怪我を負うなど、不測の事態に陥ったときに状況をより悪くしてしまうことも考えられます
どちらにしても、いろいろな動きのパターンに親しんで、対応力を高めることはいいことです
さて、“心地良い”‥‥
その場で痛みを誘発するようなことがなければ、習慣的であっても、小さい緩やかな動きを続けることで十分に心地良さを得ることが出来ます
“心地良さ”が緊張を緩めてくれるので、それなりに身体が楽になったと
感じます
ただ、動き、身体使いを変えたい場合、これでは解決しません
自分が動かなくても、ゆりかごの中にいて、優しく揺らしてもらったら、それなりに“心地良い”と感じるでしょう
自分の身体を客観的に見た上で動きに取り組むことも有意義なこと
思考、感情が必要とされるとき、思考、感情が邪魔をするとき‥‥ややこしいものですが、トレーニングやフィットネス業界のトレーナー、インストラクターさんたちは、思考が邪魔をする状態に陥りやすいような気がします
それまでに学んだきた自分の感覚で「出来る」「出来ない」を決めつけてしまいがち
また、〇〇の部分に力が入り過ぎる、となると〇〇の力を抜く為にどうしたらいい?‥‥動きの程度を変えずに〇〇の力を抜く方法が知りたい、ということ‥‥なんて質問も
特別に何かをするのではなく、〇〇に力が入っしまわない程度の動きをしてみる‥‥そこで何かが見つけられるかもしれません‥‥身体の他の部分の動き具合が悪かったり、動きの方向性に無理があったりする為に〇〇が頑張っているのかもしれません
厄介なことは、何も見つけられない、というか何も見つけようとしないで、ただ小さく動いていればいいんだと思っていると変化も起こらない‥‥よくあります
レッスンではサポートとなるように、いろいろな声掛け(多くは質問形式)をしたり、動きの組み替えを提供したりしています
何かを見つけるのは自分自身です、私が教えるということではありません
努力感を必要としない、(予め設定された制限は別として)身体の全ての箇所の自由を奪わない動きの連続が生み出してくれる“心地良さ”はいかがでしょうか