まずは、側管からドルミカムR〔静脈麻酔剤〕を注入しました。ブスコパンR〔消化管潰瘍治療薬〕も入れ、そしてセレネースR〔抗精神病薬〕、フェンタネストR〔静脈麻酔剤〕も入れました。母が少し落ち着いてきました。
持続的に沈静を掛けるために、ドルミカムR・セレネースRを持続的に開始しました。そして皮下からもフェンタネストRを持続で開始しました。しかし、波のように痛みは繰り返してはやってきて完全には落ち着きませんでした。
S医師・H看護師は、もうひとつどうしても往診しないといけない患者さんがいるため一旦
離れなければいけませんでした。
もう一度来るまでの間の指示をもらい、自分一人で母の状況を把握しながら側についていないといけませんでした。
姉が子ども達を台所で見てくれながらこちらの様子を伺ってくれています。
16時40分、私がフェンタニストR、セレネースRを即注しました。母はウトウトしています。
17時10分、尿意を訴えました。到底起きてはできないため、オムツを挟み促してそのまましてもらいました。失便もしています。
小さい声で「うーん、うーん。」と言っています。
18時、H看護師が再度訪問してくれました。尿管にバルーンを入れる〔トイレに行かなくていいように管を入れる〕ことにしました。オムツに便がでていたため交換しようとすると、
「辞めて下さいー。」
と、母が大きな声で怒鳴りました。18時15分、ドルミカムRを注入します。そしてバルーンを入れました。
18時45分、定期のロピオンR(非ステロイド消炎鎮痛剤)・ガスターR(消化性潰瘍治療剤)を注入しました。
19時30分、S医師が到着しました。
ドルミカムR・セレネースRの注入速度の指示をもらいました。そして、S医師・H看護師が帰ってから私がしないといけない不穏時・疼痛時の薬液の支持ももらいました。
自分で理解出来るように指示を用紙に綺麗に書き、そして定期の薬液もチェックリストを作成しました。
自分ひとりしかいないのに《申し送り事項》と書いていました。もし私が倒れるようなことがあっても姉が出来るような意味もありました。
またこれからはきっとあまり睡眠時間が取れないかもしれないと予想しました。薬液を間違わないようにしっかり管理するためにチェックリストは必要とも判断したからです。
関本医師から、親戚に連絡したほうがいいと言われ、姉が親戚に電話をしてくれ皆が集まりました。
クリニックからサーチレーションモニター(酸素飽和度を測る、血液の中の酸素の濃度)を貸してもらいました。
自宅の母の部屋が病室になった感じでした。
朝までバイタルサインが急変することはありませんでした。帰れる親戚は自宅に帰って行きました。
※この状態では家族だけて自宅ではみることは出来ないため一般的には入院の適応だと思います。
私は最期まで在宅を望み、そして国家資格を持つ看護師だったため私が母への医薬品の使用の行為をS医師が配慮して下さいました。
※母の主治医の先生が御自分のHPでこのブログを紹介してくださっています。
http://www.homehospice-sekimoto.com/
- 関本 雅子
- 在宅ホスピスハンドブック