ギリギリまで待っていましたが、母の体調により予約していたお正月の旅行はキャンセルしました。

その代わり仲の良い親戚の家に新年の挨拶に行くことを母は目標にしていました。

新年を越せたという自信もあり予定通りに挨拶に行くことが出来ました。

皆も母を特別視することもなくたわいのない話をして恒例のお好み焼きを焼いてもらいました。

少量でしたが母も食べることができました。珍しく椅子に長く座ることも出来ました。家では久しくしていなかったことです。嬉しそうでした。ベッドを借りでしばらく寝てから帰りましたが母は心の中できっとこれが最期の年始だと感じていたと思います。

私は誰にでも感謝したい気分でした。連れて行くのは大変気を使うものでしたが、母のあの笑顔を私は忘れません。

 しかし、朝トイレに行ったときに疼痛が出現してデュロッテプパッチRは15ミリグラムに増量になりました。便は去年の血便が判明したとき以来ずっと続いていましたが徐々に減っていきこの頃には普通の便に戻りつつありました。

ちょうどこの頃リロ アンド スティッチが上映。姉と交代して見に行った。母は不安だったようだが、私と息子の大切な時間だった。

当時2年生。私が母と寝ると、夜になったら必ず起きて私を呼びにくるようになった。息子には本当に寂しい思いをさせてしまった。今は5年生でそんな寂しい記憶より祖母のよい思い出しか持っていないが、当時は母として本当に在宅を選んでよかったか悩んだ日々だった。