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旧中山道の滝野川あたりは、たねやが何件かあります。
江戸時代、農家の人が野菜の種を品種改良し、街道を行き交う人々に種を売る種子屋が多かったため、
明治初期から大正には、種子屋通りと言われたそうです。

写真は、その一軒、幕末から巣鴨庚申塚で種子問屋を営んできた榎本留吉商店(現東京種苗株式会社)
木造の建物だけ残っています。
(1991年の解体に伴い資料などは豊島区に寄贈されたそうです)




http://www.city.toshima.lg.jp/bunka/shiryokan/5848/005941.html




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