「ユゴー『レ・ミゼラブル』を読む ~歴史と文学と~」という講座を受講してきました。


ミュージカルではなく、原作である小説の内容の講座です。
第1巻『ファンチーヌ』から各回いくつかのエピソードを取り上げていくという内容。

講師は、フランス文学者の西永良成先生。
ちくま文庫のレ・ミゼラブルを訳している方です。


私はフランス文学を学んだ訳ではないので、この講座の中で先生がお話しする文学史の話がよくわからないのが残念でした。

なので自分が興味持ったところしかノートを取らなかったので、たいぶちぐはぐな部分もあるかと思いますが、以下レポートです。



■前回(第1回)の復習
主要テーマはミゼール(貧困)である。
このミゼールという小説がミゼラブルに発展した。

農業国であるフランスは産業革命が遅かった。
(ここで公害問題の話について何やかんやと。結局レミゼに関係があるのかよくわからないまま話が終わりました…。)

1840年代 貧困の問題がクローズアップされた。

ここで2012年に公開された映画の話に触れた先生。

「この間やった映画はフランス人にとって侮辱的な映画なんですよ」と。

どうやらここらへんは、私が受講しなかった第1回目の講座で説明したらしいんですが、開口一番こんなことを聞くとは思わなかったのでもう衝撃で(笑)
この後も映画批判が出るわ出るわなのでした。


[みんな:01]この小説の性格規定について。
コゼットとマリウスの恋愛小説であり、バルジャンの冒険小説であり、人間を細やかに分析した心理小説であり、恐ろしいジャベールに追われるスリラー小説でもある。

最後のスリラー小説っていうのに少し笑ってしまいました。
どこまでも追いかけるジャベールの執念深さは、確かにバルジャンからしたらスリラーか。
でも川口ジャベは全然スリラーっ気感じないなー(笑)
何となくイメージできるのはフィリップ・クオストさんとか!?

しかし、レ・ミゼラブルは恋愛、冒険、心理、スリラー小説だけではなく、全てを含む総合小説であり、また歴史小説もしくは政治小説の性格も色濃く持つ作品であるとおっしゃっていました。

書き方も、物語、政治・社会・経済論、哲学・神学論、詩、演劇などを含む「ポリ・ヒストリー」というジャンルにあたると。

劇作家でもあったユゴーの書き方は独特なんだそうです。
エッセーの部分や詩、演劇的な構成もあり…、今日はそれは省略しますがと言われ、えー…がっかり(笑)

総合性の象徴でもある神様の存在が薄くなってきていた時代で、宗教の危機でもあったが、ユゴーの描いたこの小説はその総合性がある。
そんなことを言っていたような気がします…たぶん。。


[みんな:02]ナポレオンの重要性について
1815年、ワーテルローの戦いで敗北したナポレオン。
小説では2巻の始めからページを割いてこの戦いの話が始まります。

代議士でもあったユゴーはナポレオン3世の支持者であったが、後に独裁者となった彼に裏切られ国外追放となった。

この政治的怨恨がレ・ミゼラブルの小説にも含まれている、と。

ここで映画の話に。

フランスでは聖書の次に読まれているのがレミゼだとか。
レ・ミゼラブルのこの中心部でもあるナポレオンに関することが、2012年の映画には全く出てこないのがどうも先生が納得できない部分のようです。

フランスでの上映は3ヶ月も遅れ、その評価は1つ星。
あんな馬鹿な…と言いかけたとこでやめてましたが、相当納得言っていないんですね。


[みんな:03]「正しい人」ミリエル大司教の誠実と限界
先生がディーニュの街の写真を見せてくださいました。
「ミゼラブル」という単語が書かれている建物の写真もあって、いつか私も訪れてみたいなぁ。

余談ですが、ユゴーのレミゼが完成したのがモン・サン・ジャンという街らしく、ジャン・バルジャンの物語がモン・サン・ジャンという同じ韻(ジャン)の場所で出来上がったのがいい!と。

先生がご存知の映画の中で、ミリエルが詳しく描かれているのはリノ・ヴァンチュラの映画とのこと。

原作にある上議院議員との話や、処刑を見てショックを受ける場面などが出てきます。

人が正しい人でずっといることはできない。ミリエルにも欠陥はある。

先生の持論も含めて(これまでに影響を受けた作家?の話をされていましたが、よくわからず。)、ミリエルのことをそのようにおっしゃってました。


先ほども書いたように、ナポレオンとユゴーの関係は重要であるというのが先生の主張で、ちくま文庫3巻の解説にそこらへん詳しく書いてあるらしいです。
ちくま文庫のレ・ミゼラブルはまだ全巻発刊されていないようですが、4巻だか5巻は少し遅らせてやるつもりだみたいなことをおしゃってて、謎の天邪鬼感を醸し出す先生(笑)


■第2篇「転落」の解説
[みんな:04]作者にとってバルジャンはどんな存在か。
ここはいきなり脱線話からスタート。

レ・ミゼラブルは、アウン=サン=スーチーさんの愛読書でもあるそうで。
彼女はバルジャンが好きなんだそうです。

(フランス外相?の)アラン・ジュペが彼女のことを「アンジョルラスのような人ですね」と言ったらしい。

ここでまた映画に触れる先生。
アンジョルラスは本の中では水も滴るいい男です。
映画ではそんな人は出てこなかったですけどね、とサラッと言いました(苦笑)
アーロンとても美しかったけどな。
悲しい…。


で、バルジャンについての話に戻ります。
バルジャンはミリエルよりも偉大であり、ナポレオンよりも人間的に偉大な人物である。
清廉、清貧、屈強、勇気、誠実、聡明、謙虚であると。


そしてユゴーの話に。
ユゴーは家計簿をつけており、非常にケチな人だったそうです。
そして絶倫(笑)
ユゴーは有名人だったので、亡命先のガンジー島にいた頃は出歩けない分、女中さんに手を出したと。
ここら辺は、鹿島茂さんが詳しいので聞いてくださいって言ってました。
鹿島先生、そんなところ詳しいのか(笑)


また話は更に脱線し…。
レ・ミゼラブルの翻訳作業をしているとだんだんユゴーの気分になってくるそうで。
ユゴー気分で家族に接するとうっとおしがられるというどうでもいい話をしてくれましたw
私の見方は猫のコゼットだけです、と。
え…(笑)、名前がコゼットなのかな。
先生、案外可愛い。


さて、そんな絶倫のユゴーですが、バルジャンもジャベールもアンジョルラスも女性経験はありません、と。
ユゴーは、バルジャンを理想化しており、煩悩がない、純潔の存在としているようです。


そしてまたまた映画話。
今度はヒュー・ジャックマンについて。
「あのバルジャンはね、コゼットに手を出しそうなんですよ。おじいさんに見えないのが駄目。やる事なす事カッコよくて癪にさわるんですよ。」

ここまでくるともはや僻みに聞こえてきます(笑)
確かにカッコいいもの。仕方ない。


■ジャン・ギャバン主演の映画
[みんな:05]ジャン・バルジャンの登場と更生の始まり
講義の最後にジャン・ギャバン主演のレ・ミゼラブルの冒頭を10分程度鑑賞しました。

最初に各キャストの紹介があって1カットずつスクリーンに流れました。

俳優がいいんですよ~と先生もこちらの映画は気に入っている様子。

マリウスがちょっと年行き過ぎてるなぁと思いながらぼんやり見ていたら、先生が一言「マリウスはちょっと駄目なんですよね。」って(笑)


徒刑場は、石切り場。
ジャベールらしき中年男性が現れたものの、隣にはなぜか少年を引き連れています。
これはジャベールなのか?と思っていたら、字幕に「ジャベール父子が来た」だったかな??が出てきて。
この少年は何者なのでしょう?
謎の解けないまま10分程度の鑑賞が終わり、気になっています。

徒刑場では爆薬のようなもので石を切り崩していました。
すると徒刑囚の1人が爆破された石の下敷きとなりました。
バルジャンはおもむに足枷を壊して外し、その男の元へ。
大きな石を持ち上げ、男を助けます。
それをじっと見ているジャベール父子。

その後出所したバルジャン。
出所時に109フランと15スーを受け取ります。
↑どケチユゴーのお金へのこだわりの説明をする先生。

そしてミリエル司教のもとへ。
トントンとドアをノックし、ミリエル司教の家へ訪ねてきたバルジャン。
非常に朴訥とした感じのジャン・ギャバンバルジャン。

3日前に出所してミリエルのところへやってきたというセリフがありました。

燭台はまるでルミエールのよう。
1台に2本のロウソクが立てられるタイプ。

銀食器を盗んで捕まったバルジャンですが、燭台も差し上げてバルジャンを救うミリエル司教。
字幕に「私は君の魂を買う」という台詞がありました。
しかし先生に「これは言い過ぎ。買うだなんて。」とだめ出しが(笑)
東宝版も「あなたの魂 わたしが買った」ですよね。

司教様から銀食器類を受け取り、再び旅へ出るバルジャン。
木に腰掛けひと休みしていると、そこをプチ・ピエール少年が通りがかります。
バルジャンを目の前にして眺め、コインを上に投げてはキャッチ。
もう一度コインを投げた瞬間、バルジャンにひょいっと取られてしまいます。

ミュージカルの新演出版はこの映画のこのシーンとよく似ているなと思いました。威嚇の仕方とかも。

この映画は、この直後にバルジャンがコインを取ってしまったことにハッとして少年を追いかけようとするシーンがあります。
非常に短いですが、この行為を悔いていることが描かれている。
字幕にはプチ・ピエール少年と書かれていたと思いますが、原作のプチ・ジェルヴェのエピソードに当たる部分。

新演出舞台ではコインを奪ったところで終わってしまうんですよね。
原作では心が裂けて泣き出すバルジャンが非常に印象的なシーンでした。

なぜ舞台では描かなかったのだろうと思っていたのですが、よくよく考えたら舞台では司教様と出会う前のエピソードになっているからなのかな?

原作もジャン・ギャバン版も司教様の家を出てからなので、バルジャンが変わり始めているのに対し、舞台はまだその前だからなのかと。
(記憶が曖昧だけど時系列合ってるかな??)


映画の冒頭鑑賞は、ちくま文庫の207ページ分にあたる部分。
もちろん要約はされているものの、レミゼの精神がきちんと流れていることを先生は評価していました。

このくらい要約されていても、フランス人はほとんどの人がレミゼを知っているから問題がないのだ、と。

確かに、ミュージカル作品化にあたり出されたフランスコンセプトアルバムも冒頭はかなり省かれていますよね。

それに対し、ユニバーサルの映画は作品を歪ませてしまっているそうな。
それをズバッと書いたら、本に載せてもらえなかったとおっしゃってました(苦笑)
あんな作品で泣くのは馬鹿だとまで言われてしまいましたが、私嗚咽するくらい泣きました…(笑)

そこまで言われると少し堪えますが、ユゴーが好きでレ・ミゼラブルが好きで研究されている方だからこそ作品のテーマに深いこだわりがあるんだろうなと思い、もっと話を聞いてみたくなりました。


最後に、ジェラール・ドパルデューの演じるバルジャンもいいよとおしゃってました。

ドパルデューといえば、映画『ライフ・オブ・パイ』で、嫌~なコック役でほんのちょっとだけご出演されていましたね。



以上でレポート終了です。


はじめにフーパー監督版の映画批判が始まったときはどうしようかと思いましたが、まあそれなりに楽しめたかな[みんな:06]

ごにょごにょと思いついたままにお話されるので、ユゴーや作品から脱線して何の話をしているんだろ?というところが多いのが難点でしょうか。

ペンがパタッと止まること多数(x_x;)

あと遅刻。
スパゲティ食べてたら遅れちゃってさ~ってそれは無いわー。

でもこの先生がどんな訳を書いているのかも興味湧きました。
テキストとなるちくまのレミゼ1巻は各自用意とのことだったのですが、もともと持っている新潮文庫の佐藤朔訳を持っていってスミマセンw


おわり。