やっと引継ぎも半分終りました
大変に疲れました、やはり昼晩ともに、これだけ会食が続くと胃も疲れるのでしょう、空腹感がなくなってきます、たぶん消化しきれず、次々食べ物が入ってくるから、働きっぱなしなんでしょうね
「ぼくの胃、ごめんなさい、週末は、なるべく休めるから・・・」
昨日は、京都に行って来ました、いつ来ても心が落ちつくところです
京都の老舗メーカーの社長さんにご挨拶して、会食しました
お店は、祇園の広東料理料亭 翠雲苑 http://www.sui-un-en.com/
「なぜ 京都で中華
」と思われる方も多いと思いますが、意外に京都には中華の名店があるんですよね
社長との話の中で1996年のシラク仏大統領が京都市長に提案した「京都・パリ姉妹都市40周年を記念してパリのセーヌ川に架かっているポン・デ・ザール(芸術橋)を原型とした橋をを鴨川(三条と四条の間)に架ける計画」についての話になりました
結局、この計画は、市民の反対で、白紙撤回されました
社長曰く「京都は、外部の文化を受け入れて進化して来たのだから、これからも変わり続けると言う意味では、あれもありだったのでは・・・」
実は、先日同じような話を、京都市左京区にある日本邸宅「何有荘(かいうそう)」(旧稲畑勝太郎邸で、庭園が近代を代表する庭師七代小川治兵衛(通称植治)の作品で有名なお屋敷)のオーナー社長と話したときに、おっしゃってたのですが、「売却の話を進めている中で、アメリカ企業(有名な会社です)のCEOから買取の話しがあり、さすがに場所が南禅寺の寺町だしかつ、日本有数の庭園をアメリカの方に売却していいものかと、京都市に相談したところ、京都の長い歴史は外からの文化を受け入れ、それを融合し今の京都ができている、オーナーが外国の人であろうと、それも受け入れます それが京都だから との返事があった」とのことでした
京都に代々暮らす人にとって、京都は、外から見る京都よりはるかに進化し、変化している町、あるいは、変化していているからこそ、今世界でも有数の町なんでしょう
産業界を見渡しても、京都企業はとても特異な素晴らしい技術で世界に打って出ているオンリーワン企業がたくさんあります
まさに温故知新じゃないですが、古くから伝わる伝統を守って新しいものを吸収していく、それが京都でであり日本の強さなんでしょうね
先人への感謝の気持ち 新しいものを受け入れる謙虚な心がとても大事なことだと実感しました
ればたらの話はあまりしても意味ないですが、もし三条と四条のあいだに、ポン・デ・ザールが架かっていたら
京の町もどんな風に変わっていたでしょうね
ぼくは、きっとフランス人も闊歩する、また違った素晴らしい京都になっていたと思います
ぼくも変化を恐れず進化する人でありたい そう感じさせてくれた京都でした 感謝 感謝