過日、義父のお別れ会をJICAと外務省の協力で行っていただきました。

貸し出ししていた写真などの返却のために

本日関係者のみなさんがご足労をくださり、振り返りながら一時を過ごしました。

その際に「お願いが・・・」

と、そのお願いを聞きながら、はたと、とあることに気付きました。

 

消えていく歴史がある・・・

その申し出は、義父の日記を譲ってほしいということだった。

 

その申し出を聞きながら、消えゆく私たちの日常を感じた。

生きている、生きた証は写真や形見というものに残されるであろう。

しかし、

残されているもの、目にできるものが全てではないとういこと、はっきり目の前で感じた。

 

伝承されているものの真実性も感じた。

お別れの会で様々な人が義父の思い出を語ってくださった。

それはその人と明らかに関わった歴史だ。

そしてまた、その話を聞いた私たちは、何かしらの自分の印象を追加して語り継いでいく。

語り部・・・語り部から流される物語は現実だ。

 

昨日あかずきんちゃんの話を聞いた。

あれは子供のための物語ではなく、大人のためのものだと。

大人になるということは、誘惑を思慮を持って選ぶという深い話だった。

 

私たちは目に見えるものと、見えないものとの間を精査して生活している。

 

義父は頑なに全ての日記は焼却するよう、私たちに命じた。

歴史が動くことを知っていたからだ。そして、事実はひとを傷つける可能性を包含しているからだ。

義父はその全てを一度日記という形で浮き上がらせ、自分の中で精査するための道具としていた。

日記はひとに伝える道具ではない。自分と向き合う道具なのであろう。だからその全てをお墓に持って行った。

 

私たちは事実を全て知らなくてもよいのではないかな。

希望や信じるということ世界が、実際の現実世界に生きる力になること、もっと気づいてもよいのではないかな。

その方がお互いの粗を発見することに注意が向かず、傷つけ合わず、互いを尊重して生きることができるのではないかしら。

嘘も方便とはよく言ったもので、自分をごまかす嘘はよくないけれど、

相手を尊重しようとするなら、嘘があってもよいと思える。

 

公の日記(正確には記録)、裏の日記、本音と建前、日本人の美意識とも言えるのかな。

そう考えると、一生懸命人と関わることも公の日記と言うことができるかもしれませんね。

したらば、決して公の日記は建前だけではないということが言えるので、

あれこれ考えず、誠実に生きていけばなんとか表と裏との世界で精査しながら選択していかれるかな。

誠実に生きられるように、祈ることにしようっと、結果こころを決めたひとこまでした^^