今年でピグが終了すると聞いて久しぶりに来てみた。
この子たちとも本当のお別れなんだな。
ここで出会った人たちとの思い出は一生の宝物になっている。
未だに私の手帳には出会った人たちのお誕生日が更新されている。
また終わる前にみんなに会えたらいいなと思いつつ今年はPCを広げてみよかな。
本当にいっぱいありがとう。
みんな元気でいてね!

 

前回、スマホを持つことによってゲームアプリで遊ぶようになったって書いたんですけどそのゲーム紹介をば...。

 

夫婦でドはまりしたのが『キャラバンストーリーズ』ってゲームなんですがMMORPGだけあって重いんです。

『キャラストイメージ動画』

↓↓↓

https://youtu.be/0nDsXPN3mQY

 

  

 

私はゲームアプリにありがちなログインするとHOMEがあってそこからクエストやら強化なりをこなすゲーム(例えば...グラブルとか?)が苦手で、いくら6インチ越えの大画面になったといってもスマホの画面の文字を老眼鏡をかけて太い指でポチポチしてもミスがあるんですよね。

ゲームとしても面白さにかけるというか...。

ついついストーリーを飛ばしてバトルだけこなしてしまったりしちゃうんですよね。

このゲームは昔のドラクエやFFとかのように自分で行きたいところへ行き、そこにストーリークエストが始まったりキャラやビーストを仲間にしたり魅力あふれるゲームと思います。

 

 

今のところ無課金で遊んでおりますがやはり課金者には勝てません...。

が!とても楽しんでおります。

今はクリスマスイベントが始まっていてます!

是非とも面白いゲームないかなぁとか暇つぶしになんかないかなぁって思っている方はとりあえずやってみてはいかがでしょうか?

 

 

 

↑これはハロウィンイベントのときのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

2018年 

今年もあとわずかとなってきましたね。

ずっと遠ざかってきたピグも久しぶりに訪れると変わらないあの頃のままであり続けてくれてた。

懐かしくありがたい。

何をすればいいのかわからず釣りをしてみたりしたのだがピグの私はそのままなのに動かしている本体の衰えは否めなく、あんなに楽しかった時間がつらい苦行の時間になっていた。

歳を重ね白髪にしみしわ、飲まなければいけない薬の数も増え、見る影もなく立派な体格に成長をとげ最終形態へと進化し続けている。

中身も”OTAKU”度が増し気持ちのいいものではない仕上がりになってきた...。

引きこもり度合いもかなりのものだと思う。

 

というのもスマホを持つようになり最初は娘のお友達紹介特典?のお誘いから始まりとりあえず始めたのがきっかけでモンストだった気がする。

なめこ?にツムツム?やらぷにぷに?色々ダウンロードしアンインストールされていくゲームたち...。

未だにモンストはアンインストールを免れ生き残っているがログインしかしていない。

コラボイベントにちょっとやってみるくらいで現在のオーブの数を知ったらびっくりすると思う。

そのあとスマホでYouTubeをみるようになりマインクラフト実況を見るうちやってみたくなり遅ればせながらPE版からやってみたり、キャラバンストーリーズっていうMMORPGにはまったり

どっぷり”OTAKU”ばばぁへとステップアップしていってしまった...。

 

キャラバンストーリーズはこの12月で1周年記念で色々イベントしておりますし老若男女問わず楽しめるゲームですのでこの機会に是非ともやっていただきたいとおもいます!

android、iOS、Windowsでもできますので検索してみてください!

 

https://caravan-stories.com/

 

では、久々の誰も読まないブログ書いてみましたでした!

 

 

 

 

 

 



世の中にはいっぱいの「わっか」のなかで生きているとおもう。



大雑把にいうと「わっか」は「人のあつまり」かな。



でも人だけではないかなぁ・・・。



動物や植物、自然界に必要不可欠なのかもしれない。



まぁ、とりあえず私の身近なもので例えると、「家族でのわっか」「会社でのわっか」「学校でのわっか」・・・



「小さなわっか」の集まりが「大きいわっか」になって社会ってよぶよね。



家系図もわっかの集まり。



私は「育った家族とのわっか」や「親戚とのわっか」からは省かれてしまったけれど、「大切な家族というわっか」に属すことができている。



「わっか」って「居場所」「自分の存在意義?価値?」なのかな・・・。



「嫌でしかたないわっか」「無理してでもしがみついているわっか」「欲しくてしかたないわっか」「はいりたいのにはいれないわっか」・・・。



「わっか」のなかに一人でも嫌だと思う人がいるとそこは苦痛の場所と化すけれど、人は生きていくため等の理由で気持ちに折り合いをつけてそのわっかに居ようとする。



自分が属している「わっか」にも優先順位があって、それは大切にしている「わっか」順なのではなかろうかと私は思う。




どれが自分に必要な「わっか」で自分の気持ちにうそをついてまで大切にしなければいけない「わっか」なのか見極める力が社会での適応力なのかもしれないなぁ。




コミュ障のおばばの私にとってこの「わっか」っていうのが本当に苦痛でしかたない・・・。




一度「わっか」から離脱して心の鎖国をしてしまったら元に復帰するのに私には至難の業。




・・・ほんとむつかしいね。







でもわたしにとって属していようがいまいが「自分にとって大切なわっか」を守っていこうと思う。