山下清 | 注ぎ込まれる言葉

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障害者雇用で働いてます

川崎市市民ミュージアムから帰りました。

 

山下清の作品の一部を観られ、その数は50点くらいだったと思います。

小学生時代のスケッチや、ちぎり絵、ドローイングや洋画のような作品、前衛的でピカソ風のもありました。

 

でも一番いいのはちぎり絵で、ずっと観ていると見入ってしまって、自分が作品の中に入り込んで絵の中の世界を見渡しているような気分になってきます。

横浜美術館で展示されている作品を観ていると、美術品は心の栄養なのだと理解するに至りました。

でも、山下清の作品を観ていると心の底から生きる力がふつふつと湧き上がってきます。絵に力があるのです。

 

僕は写真が趣味なのですが、山下清の作品は構図もいいです。正規の美術教育も受けたことがないのになんでここまで描けるのだろうと不思議でなりません。もう天才としいかいいようがないです。

 

サヴァン症候群のことをよく知りたい人も、映画レインマンを観るのもいいけど、山下の作品も観てみて下さい。

 

山下は知的障害者施設や精神病学者の支援を受けて、ちぎり絵の才能を伸ばしていったということらしいですが、今の福祉にそれだけのことがやれるのかは、はなはだ疑問です。

 

僕が「おおっ」と思った作品は「両国の花火」という、花火作品としては何作もあるもののひとつです。見物客は暗がりの中で黒く描かれながらも、花火を観ながらおしゃべりをしているとわかる描写など、芸がこまかい。

戦争の絵では日本兵と米兵が打ち合うシーンで、日本兵のほうだけがわずかに打たれて倒れかかっており、日米戦中の日本軍の劣勢も山下はどこかで知っていたのでしょうか。

 

山下の絵は「生きている」絵でした。

正直、山下の作品を観たあとでは横浜美術館の展示作品は霞んで見えます。

どうしてそう思うのか良い言葉が見つかりませんが、現代の美術が堕落しているのかもしれません。

 

また言いたいことを言ってしまいました。

館内は写真撮影が禁じられていたので、文章だけのブログです。ご了承ください。

 

とにかく今日は天才の作品に触れて、自分がいかに凡人なのかがよくわかりました。

気持ちよくKOされたような気分で清々しいです。

 

そんな感じです。

 

では。

 

 

9/27 訂正

ちぎり絵以外は別の方の作品でした。

訂正してお詫びします。