でろでろ読書感想文67 「完全恋愛」 95点 牧薩次 | でろでろぱわー

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ミステリー読書録(に方向転換中)です。
2012年末頃から、月10冊ペースで濫読中。

基本的には本格が好きです。叙述はモノによる。
マイベストは「隻眼の少女」。麻耶雄嵩おっかないです。

その他、iPhoneアプリ開発・ギターなど雑記もあり。

完全恋愛 (小学館文庫)/小学館
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あらすじ(Amazon商品の説明より):
第二次大戦末期の福島県の温泉地、東京からやってきた少年・本庄究は、同じく戦火を逃れてこの地に暮らしていた画家の娘・小仏朋音に強い恋心を抱く。やがて終戦となり、この地方で進駐軍のアメリカ兵が殺されるという事件が起こる。しかし現場からは凶器が忽然と消えてしまう。昭和四十三年、福島の山村にあるはずのナイフが、時空を超え、瞬時にして西表島にいる少女の胸に突き刺さる。昭和六十二年、東京にいるはずの犯人が福島にも現れる。三つの謎の事件を結ぶのは、画壇の巨匠である男の秘められた恋であった。「本格ミステリ大賞」受賞作品を文庫化。
でろでろ読書感想文67 「完全恋愛」牧薩次 95点


個人的評価: 95点
一言で言うと: 完成度ピカイチ。パーフェクト。

島田御大の定義による「本格ミステリー」基準で行けばもう、これ以上ない感じ。一読の価値は確かにあります。

大河小説的なストーリー展開はドラマチックで、グイグイ引き込むパワーあり。
3つの殺人と、その謎・トリック・ロジックも瑕疵なくきっちり「本格」な魅力に溢れている。さらに、伏線トリガーでどんでん返しもある。

ミステリ好きなら誰でも90点越えくらいには楽しめて、あとはデフォルメの少ないキャラクターや、激動の昭和的な小説部分や、その他もろもろに対する「好み」次第かな、と思います。


*ネタバレMAX


いやあ、素晴らしい作品でした。

本格ミステリ大賞受賞作でなかったら
「完全恋愛」なんてタイトルで手に取ることはまずなかったでしょうが、
ともかく良かった。


全体は大きく分けて3つのパートで、主人公がそれぞれ
①幼少期 ②青年~壮年 ③老年
の頃のエピソードを時系列に進んで行く感じです。

ストーリーの構築は、NHK大河ドラマ的というか、韓流ドラマ的というか、一昔前のハリウッドというか、ともかくゴールデンスタンダードといった趣です。

基本的に主人公はこれでもか、これでもか、と辛い目にあわされます
そしてその困難のタネは、「戦争」や「腐った保守派閥」もあるにはあるのですが、まあやっぱり「情愛」絡み。

一人の女と二人の男 とか、
奪われた女が身ごもったのはもしかして俺の子供じゃないのか とか、
その子供がまた悲恋、とか。

使い古されたものばかりっちゃそうですが、でもど真ん中なネタを集めてますし、クオリティが高いもの出されると、やっぱり楽しいんだね。
勿論、本格ミステリ読みとしてはそれだけじゃ満足できないけれど。

で、その、本格部分。

①~③の時期でそれぞれ一つずつの事件が起こって、それぞれ解決というか、推理やネタ明かしが入ります。

①幼少期 
朋音(ヒロイン)を我が物にしようとしていた米国人将校を殺したのは、朋寝自身だった
証拠を隠滅したのは究(主人公)
足跡・濡れない衣類トリック

②青年期~壮年期
東北から九州の遠隔殺人に見えたものは、火菜(朋音の娘)の自殺だった
証拠を隠滅したのはやはり究
火菜の意図を汲み取って隠蔽工作

③老年期
真刈(朋音の夫)を殺したのは究
自宅にいたはずの究(きわむ)は、双子の極(きわみ)だった 
ミスリードを含む伏線の「むーたん」「みぃちゃん」は男女ではなく、男兄弟の双子だった。


そして「もういっちょ!」などんでん返し。


④ラスト
朋音は究と相思相愛ではなかった
火菜は究の娘ではなかった
あの夜の相手は朋音ではなく、満州子(究のいいなずけ)だった
魅惑(究の弟子)は究と満州子の子供だった


盛り込んでますねえ。

これに加えて他にも、
 究 KIWAMU
 魅惑 MIWAKU
というアナグラムを仕込んであったり。

③の解決をした、作者と同性同名の探偵、牧薩次は、
 牧薩次 MAKI SATSUJI (本作作者名)
 辻真先 TSUJI MASAKI (作者のもう一つのペンネーム)
というアナグラムになっていて、そこも双子の兄弟設定だったり。

作中の牧薩次さんが、この一代記をしたためることになった経緯が書かれている、ってのも行き届いてます。


あとはちょっと備忘録的に唸らされたポイントを列挙してみます。


・「むーたん」「みぃちゃん」が双子って辺り、強引っちゃ強引なんだけど、「布団の中で抱き合っていた」ことを咎める親の態度から「男女」を連想させるのはうまい

・ この文章書いてて気がつきましたが、ともねって「共寝」から来てるわ、これ。ずっと究の頭から離れなかった「朋音」の描写は、ずっと「共寝」って言い続けてただろう? っていう作者の企みだったわけか。はあー、やりますな。

・ まあ、ぶっちゃけオチというか、「夜這いしてきたのは朋音ではなく満州子だった」展開は読めた。多くの人が読めただろう。それでも楽しいし、それでも読みきれない第2の矢、第3の矢が用意されているのがプロい

・ 3億円事件は蛇足というか、もうむちゃくちゃやろ! という意見もあるようで、その気持ちもわかるけど、まあ、これは稚気を楽しむ部分だよね。これとは別に、真刈グループの財産が使えるエピソードの一つでも挟んでおけば、それですんだだろうし。昭和史的な側面を生かして小ネタ挟んできた、って感じでしょう。

・ 小ネタといえば、他にも、ファミコンのポートピア殺人事件の記述なんかもあって。ゲームもチェックしてんだな、なんて。

・ あの手この手なんでもござれで、時代を感じさせる描写 ”兼” ミステリガジェットをぶち込んで、楽しませようとするサービス精神、および楽しんで作ってるのが伝わるフィール、これが本作の最大の魅力ではないかと思う次第です。

・ それでいながらストーリー・ミステリがともに破綻しない、どころか、一級品レベルで仕上がっているのはほとんど奇跡みたいなもんだと思う。全貌が見えてから、じわじわと「あ、これ物凄いことやってのけてるわ」と実感させられる作品でした。

・ ある程度過去のミステリ作品を読みこなしていて、世の中の名作と呼ばれる作品でも「あちらを立てればこちらが立たず」なものが大半である(それでも何かの賞を受賞したり、十分面白かったり、好きになったりする)という認識があると、この作品が小説として、ミステリとして、「両方完璧に立たせている」凄さがわかる。とか偉そうなこと言ってみる。

・ もしかすると、2010年以降みたいなくくりで考えると、キャラ設定やなんかは地味、というか、デフォルメ少ない感じで物足りない人もいるかも。あとは、飛び道具(=叙述)による大爆発がないので、イマイチ印象に残らない可能性もあるか。

・ ベタ褒めだがマイベスト更新にならなかった理由もその辺にあって、例えば麻耶雄嵩だったら実は朋音が悪意に満ちていたのだ、というひっくり返しを、サプライズありで決めてきたんじゃないかと思う。完成度は下がるかもしれないけどね。まあ、この辺は好み、かなあ。

・ 今回はこの箇条書きのまま終わります。なんにしても素晴らしい作品であることは間違いないです。楽しかった! チャオ

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