ゴーゴー 犬ラジオ

ゴーゴー 犬ラジオ

特撮 ボカロ プリキュア が好きなケモナーさんがぐだぐだなにかかきます。

Amebaでブログを始めよう!

制限されることを嫌った彼は、制限をなくした世界で、制限の喜びを得る。




頭にタコを乗せた男の子が、子供だけの街で大活躍。





嘘。




成長するたびに制限が増えることを嫌う彼は、制限しなきゃいけないことをすべて忘れてしまい、子供たちだけになってしまった街に連れて行かれる。




制限、そして義務もなくなった彼らは、目的すら持つことを忘れてしまう。



それらがなくなったとき、人はどうなるのか。


そして、目的ができたとき、彼らはなるのか。



そしてまた、目的が消えたとき・・・。





マーチは全員阿波踊り。 ピースは5つの中で一番グロテスクになりそうでいやだ。





この世は、天文学的な数の人々の判断によって形成されている(gaia さんのツイッターより)




人間の判断は天文学な数だが、そのうち5つの男の子の判断を書いていきたい。


なお、童心少女と大人世界の二次創作である。書くときは、二次創作と割り切って、世界観は他企画のものなので許可を取ってから・・・かけるといい。







なぜ、五つか。 スマイルプ●キュアが人気だから便乗、というどうでもいい理由というかなんというか、ちょうどいい数だから。




ピース 計画



大人に近づいた男の子は、大人が嫌いになる。



大人は、どこか無気力でけだるい雰囲気を持っているから。




男の子は、お★さまにお願いして、彼の地下秘密基地にすべての子供を集めることに成功した。



そして、子供だけの社会を作り始める。





メインテーマは、子供の世界は大人がいるからこそ、形成されるということ。



大人がいなくなった世界で、彼がどう思うのか、どう絶望するのか。




サニー  マーチ ビューティ ハッピー もそのうちまとめようと思う。いざハッピーだの書き出してみると恥ずかしい。







なお、5つの話の最後すべては街の破壊。で締めくくる  (警察に追われる、みんなから心から排斥される)



大好きな、童心少女と大人世界のPVが公開になった。




テレビとかで、アイドルに会って泣き出しちゃうびっちさんを見て、なんだかなぁ・・・なんて思っていた自分が、




最初の女の人を見た瞬間、泣き出していて驚きました。最初の一回は、なんだかうめきながら見ていて、家族が飛んできました。





端的に言えば、大人の世界を嫌った女の子が新しい世界を作るチャンスをもらう。しかし、彼女たちが作ってしまったのも大して変わらない世界で・・・。そして彼女は最後に・・・。




といったオハナシです。書くと結構単純ですが、かなり深いというか忘れていたものを呼び起こしてくれると思います。


きっと、大人になると汚れていく、腐っていく大人になりたくないなんて言う人がほとんどだと思います。


でも、俺も童心少女みたいに、世界を作るように言われたらきっと同じことをしてしまうと思います。




誰かが、大人にならなければいけないのです。それに、生きている以上大人になることは逆らえません。

しょうがないことじゃないすか。



私たちが生きている、この世界は先人たちの願いによってできています。今、こうして打っているキーボードだって、着ている服だって。



先人たちのために頑張るぞ! とはぶっちゃけ言えません。皆、好きで生まれてきたわけじゃないし。



だからこそ、この世界を少しでも楽しく大切にしていきたいのです。生まれてきたのだから。



そして、この世界がどうしようもないと理解しているのなら、新たな”子供たち”を大人世界に失望させるようなことをさせない努力が人々にはできると思うのです。



僕にできることはいったいなんだろう。まず、子供である時間を大切にすることだろうか。










また期間が開いた。 書くのは好きなんだけど、パソコンが開けないのがつらい。





フレッシュプリキュアの再放送がやっている。




あれがなかったら、たぶん子供向けのものって面白れぇなぁっていうのを忘れていたと思う。




ちょうど、小学生の中学生あたりから難しそうなのとか読んでいた気がするし、中学生に至っては本をあまり読まなかった。




ただ、キラキラ女の子、してるーっていう感じじゃなくて、しょうもないけど(ジュースの海とか、フサフサとか、プリキュアが過労で救急車で運ばれるとか)実際に起こったらものすごく怖いことを描いたオハナシがすごく好きだ。



あと、ちゃんと日常にありふれた舞台で戦いを繰り広げていること。親近感って大切だし、主人公たちをより身近に感じることができる。




現実の恐怖と、夢の力を使って物語を作るのは簡単だ。しかし、それには限界があると思う。




物語読んでいるときくらい、幸せな気持ちになりたいのは俺だけだろうか。つい、童話に逃げてしまう。



何?マッチ売りの少女だと?





今日から、18歳になった。



ちょっと偉業をこなしてしまった。マジ自分ほめたいと思う。




一年生の時、互いに理解がなかったとき、ある友達から”お前の誕生日なんか誰が祝うか!”と言われてカチンとした。




そして、今日、その復讐を果たした。拍手付きで、その子からおめでとうと言わせた。(どうやったかは内緒



なせば成る。 しかし、そんなことを根に持つ俺の粘着質に吐き気がした。



でも、それでいいと思う。すこし、自分が救えた気がするし、相手と少しだけれども仲良くなれたということが本当にうれしい。




嫌いな感情は、放っておくとなくなってしまう。一番怖いのはその子に関心がなくなってしまうこと。



だったら、仲良くなっておきたいじゃん?と思うのです。言葉が通じるのだから。






新しいオハナシを考えています。ちょっとスタイリッシュなパーマン寄りの小学生ヒーローが掃除で、町を救う物語です。



とりあえず、ゴキブリと戦わせることは決定しました。 ”太陽の塔”という作品に出てくるゴキブリキューブに感銘を受けたのです。




どうも、春休みになったらブログを始めたくなる性らしいが、中学生の時のもの、去年の時のものを見て、よく続けられたと思ったし、面白いとか、痛々しいかどうかは別として、のびのびと書いてあったと思う。







相手のことを何も考えないで書いていくのは簡単だ。 






しかし、文章というものは、考えというものは誰かに知ってもらいたくなるものだ。そう思ったとき、それではいけないと思ったのだ。








だが、今度はそれを重視していくと、のびのびとした感じが失われ、どこか過呼吸をしているような気になってくる。






気楽にしろ、とかもっと考えろ、とか、誰に言われたわけではないのだけれども。






じゃあ、そんな難しいことやめるか?と言われればまた、それは違う気がする。





では、このことに固執しますか?と聞かれたら、力強くうなずくことはできない。





俺たちは、無限の可能性に満ちている、とか言われている。



確かにそうだ。でも、その無限の可能性にひたすら挑戦していったらどうなるだろうか。


感動や、成功はもちろんするだろう。しかし、残念ながら知らなければよかったこと、挫折のほうが圧倒的に多いと思う。




まだまだ、先は長いし、やりたいことはたくさんある。でも、その喜びや、挫折の先に何が待っているのか、そして自分が何を見るのか、悟るのかと思うと、怖くてたまらない。




現段階では、何とも言えないけれど、とりあえずやれることから、という結論に結局いつもたどりつつ。






口内炎がいてぇ。