今、ここまでを振り返って後悔していることが大きく2つあります。
1つ目は、りんご病に感染してしまったこと。
りんご病は症状が出たときにはすでに感染力はなく、感染予防対策が難しい感染症でした。子どもが通う保育園で流行っている期間も、インフルエンザのように数週間ではなく、数ヶ月(数名ずつ順番に罹っている印象でした)だったので、余計に感染を防ぐ対策が難しかったです。
なので、その時に思いつく範囲で、できる対策をしました。
でも今思うと、もっとできることがあったんじゃないかと思ってしまいます。外に出るときはマスクをしていたし、手洗いもしていました。子どもと食べ物や食器のシェアは避けました。子どもとの距離が近いので、唾が飛んでくることもあります。そんなときは顔や手を洗ったりふいたりしていました。でも家の中でマスクはしていませんでした。もしかしたら、家にいるときもずっとマスクをしていたらよかったのかもしれません。
子どもがいる中で、ずっとマスクをして過ごすのは難しいかもしれません。私の表情がずっと見えないのは良くないでしょうし、一緒に食事もします。お風呂にも一緒に入ります。でも、特に近距離で触れ合う寝る時間だけはマスクをしていたら、違う結果になっていたのかもしれません。
もっと免疫力を高められるような食事、生活をしたらよかったのかもしれません。つわりがひどかったので、当時食べられるものは限られていました。でも、もっといろいろと探せば栄養価の高い食べられるものがあったかもしれません。もっとゆっくりと休めば、りんご病をはねのけるぐらいの免疫力を付けられたのかもしれません。
今となってはそんな「たられば」を考えてしまいます。
2つ目は赤ちゃんとの過ごし方に対する後悔です。
一人目の時、妊娠中も出産も順調に進みました。なので、今回も普通に育つものだと思い込んでいました。大きくなって、生まれて、その後もずっと一緒に過ごせると思っていました。
心拍が停止してからたくさん赤ちゃんの名前を呼びました。たくさん話しかけました。その時にふと思いました。
どうして生きている間にもっとたくさんお話をしなかったのだろう。
まったく声をかけなかったということではありません。声はかけていました。3日に一度はレンタルエコーで赤ちゃんの様子を見ながら声をかけていましたし、歩きながら、ご飯を食べながら、日常のいろいろな場面で声をかけていました。
でも、こちらが思っていることを一方的に伝えていただけで、赤ちゃんとの対話ではなかったです。赤ちゃんの思いを感じようとは全くしていませんでした。
胎児浮腫がわかり、胎児輸血をするときも、赤ちゃんに声をかけて「一緒に」準備をすることはできていませんでした。
赤ちゃんからすれば、何の準備もないまま突然輸血用の針が自分に向かってくるんです。すごく怖い思いをさせてしまったと思います。もっと赤ちゃんが心の準備ができるように話をすればよかったです。
そして、心拍が停止した日。胎児輸血が終わった後の私は、赤ちゃんはもう助かると思い込んでいたので、リラックスして休もうと思い、少し本を読んでそのまま寝ました。
赤ちゃんが苦しんでいる時、心拍が停止した瞬間、私はリラックスしていたんです。そして何も気づかずに寝ていたんです。
どうしてもっと赤ちゃんの声を聴こうとしなかったのか。
本当に後悔しています。
今どんなに耳を傾けても、もう赤ちゃんの声は聴こえてきません。