幼稚園の頃のおゆうぎ会のビデオがある。


久々にそれを見る事になった。

ウチは幼稚園の頃おゆうぎ会が嫌で嫌で仕方なかった。
今でもハッキリ覚えてる。

おゆうぎの練習中逃げ出した事もありお母さんにガッチリ叱られてまだ字もろくたら書けないウチに謝罪文まで書かせ幼稚園の先生に提出された。
読めない字で書かれた謝罪文をもらった先生もいい迷惑だったに違いない。


そんな事もあったのでもう逃げる事はできず嫌々おゆうぎの練習に励んだ。

おゆうぎ会当日もまったくやる気になれなかった。
まず先生達が色のついたゴミ袋みたいので作ったおゆうぎの衣装がまったく可愛くなくてときめかなかった。

ビデオの中でおゆうぎを踊るウチは誰が見ても楽しそうには全く見えない。

軽快な音楽とはウラハラに途方に暮れた目、
ニコリともしない口、
完全なる無表情で踊るウチ。

今まで生きてきた人生の中で果たしてこんなに完璧な無表情をしていた時があっただろうか。


きっとない。


それぐらい表情が『無』になっていた。




しかもそれだけじゃない。

踊っている間ウチは早く終わってくれないかなという事にばかり気をとられていた。


そのため衣装の着崩れにもまったく気付かなかった。


そうなのだウチは片乳ガッツリ出したまま踊っていたのだ。

これがアイドルならラッキーハプニングで男性達も色めき立つのだが残念ながら初潮も遠いおとぎ話のガキの片乳なためラッキーもなけりゃどよめきもない。


結局最後の最後まで全く気付かず無表情で踊り続けていたのだ。



ビデオを見て改めて気付いたウチは幼いながらもかなり恥ずかしい思いをしたのを覚えている。


幼いくせに変なところで『女』だったのだ。


もっと気にするべき点はたくさんあるはずなのにこうゆうところは昔っから気にするくせがあったのだ。


そんなビデオを改めてこの歳になって見たけど昔のウチも今のウチもたいして変わってないのが痛い程わかる。


ウチの成長ってもしかしたら幼少期でとまっているのかもしれない。
と思った。