原発再稼働どう思う? ブログネタ:原発再稼働どう思う? 参加中

渦中の会社で定年まで勤め上げた父が、

まだ現役だったころに一度たずねたことがあります。



「本当に安全かどうかわからないのに、どうして原子力つかうの?」


原発反対を報じるニュースを苦虫をかみつぶしたような

顔で見やっていたので思わず出てしまいました。

火力畑ひとすじの父でしたが吐き捨てるようにひとこと。


「原子力をまったく使わないで生活してみろって言いたいね。

文句言ってる人には。」


資源は使えばなくなる。

ぐんぐん世間の期待に応える福島の原発を横目に

みやりながら隣の火力で汗を流して働いていました。

火力を愛してはいるけれどそれですべてを賄うことは

できないし、うまくいけばうまくいった方がいいのだよ。


幼い私にはよくわからない言葉でした。


引退してずいぶん経った父に

同じことをたずねてみました。


後輩どもはだらしない、などと現場のひとが聞いたら

怒りそうなことを勝手に言い放ちながら、

それでも父は同じようにこたえました。


「原子力をまったく使わないで生活してみろって言いたいね。」


昔はわからなかったけれど今はすこし、理解したいという気持ちが

芽生えています。


そうなんですよねぇ。


私は難しいことはよくわかりませんが、

本当に原子力を使わない暮らしを

試してみてはどうかなぁと思います。


だめなら、少しずつ減らしていけばいいし

一気に進めたいなら一気に節電しようか。


とにかく何か、ひとつずつでも

みんなでできるといいですね。


いえ、何かしなくても再稼働する前に

もっと話し合えればいいのになぁ。







あなたの人生、歌でいうとなに? ブログネタ:あなたの人生、歌でいうとなに? 参加中


長い人生、ひとことだの歌だのに例えられない!なんて

ご意見もあるでしょうが、

ひとの人生をたった5分の文章でまとめたりする仕事柄

案外短時間で語れる側面も持つのかもなぁなんて。


私の人生は、そうですねぇ。

The Boomの「釣りに行こう。」かなぁ。


ちょっぴり不思議な歌詞なのですが。


教育熱心すぎる母に、いつも前か上を向かされていました。

ちょっとよいことをしても褒められた記憶がありません。

何をしても評価が辛いので、ほんっとにつらかった。


10歳で人生に楽しいことなんて

何ひとつないんじゃないかなぁ、と

厭世的になってしまいました。

今でも、夏炉冬扇なんて名乗っちゃうくらい。


兄が母の期待に応えたのは中学まで。

圧政に屈し大成せず。

私は締め付けに隷属しつつも学歴的には

母を裏切り続けぱっとしませんでした。


でも本人的にはのんびり家庭を営むことができて

んー十年前に命を断たなくてよかった、と思うことが

できています。

妙な病気にはなってしまいましたけど。


「釣りに行こう。」に出てくる人物は、「君」にたいし

あまり報われていない感じがなんとなく自身とかぶります。


残念ながら子供は親を選べず、

生まれた瞬間からインプットされている

「親をリセットできない機能」に苦しめられていますが

時間か何かのおかげでいつか永遠に離れることになるでしょう。


その時は、もっと気持ちが楽になるのかなぁ。


無限の解放感に酔うことができるかしらん。


今日はちょっぴり暗い話になってしまいました(苦笑)


応援歌はドリカムの「その先へ」。


足元にまつわりつく煩わしさを

すべて断ち切ってしまえたら

飛べるのかなぁー。


飛びたいなぁ。










新社会人・新入生の思い出 ブログネタ:新社会人・新入生の思い出 参加中

春ってなんだかなつかしい季節です。

いろいろお世話になった方を思い出します。


普通の家庭に生まれたはずなのに

どう間違ったのか、妙にねじくれた人生を

歩まなければならなくなって

ずいぶん遠回りをしてきました。


(自業自得ともいう)


その中のひとつを、ここで披露させていただきます。

たいした話でないので、少々お耳汚しならぬ

お目々よごし、お許しをっ。



10歳から大学卒業まで、ずっとお芝居をしておりました。

教育熱心過ぎて息がつまる家に育ちながら

勉強も運動もだめだめな私にとって演劇は

唯一、息抜きができる居場所のようなものでした。


大学2年で父が投資に失敗し、あわや中退→社会人デビュー・・・となるところ

兄の獅子奮迅の働きで免れましたが

そこから運命が変わったように思います。


自身で言えばまず、よい子の殻をやぶって

クラブ活動に専念した、とか(笑)


クラブはクラブでもお水の花道、の方。


精を出しすぎたせいで、卒業年次にかなりまずい状態にありました。

そんな中、まわりの就職活動の付き添いで行った企業セミナー。

ご縁が目の前に転がっておりました。


ひょいとのぞいた自動車ディーラー。

雑談しているうちに、採用担当者にすっかり気に入られてしまいました。


簡単な書類審査が通り、簡単に役員面接まで進みました。

大学卒業しても演劇を続けたいなぁとちょっぴり思っていたし

その前に卒業できるかわからないのと、

役員面接当日、ひどい風邪のため完全に声帯をつぶし

かすれた声すら出ないのとで

断りの電話を入れましたら、先の担当者様が

「頼むから這ってでも来て!」とよんでくれたので

しぶしぶ・・・。


役員さん、8人くらいずらっと並んでおいででした。


でも、ほら。


毎日話しているお客さんとそう変わりません。

声が出ないのも、印象を強める結果となりよい方向に作用。

高いものを売る会社ゆえ、物おじしないで

オトナと対等に話せる人材が欲しい。


すんなり内定が出ました。


自信家の私、ここまでは「当然。」と

天狗の鼻もかくやというほど有頂天になりました。

こうなると、がぜん社会人になりたい、

会社員をやってみたいといった欲が出ます。


人間、欲をかくと今までの業が吹き出し

本人を苦しめるものです。

せっかくの内定ですが、今までのサボりのしわよせで

いよいよ卒業があやしくなりました。


まずい、どころか完全に足りない単位。

ひとつは、1年生からかわいがってくださっていた教授・・・。


日本酒「七笑」の一升瓶をかかえ

教授の研究室を訪ね

「おねがいします!」で単位を拝受しました。


(竹田先生、ありがとうございましたっ!!)


次のも、なんとかなりました。


しかし、致命傷。

卒論を完全に落とすという大失態。

あたりまえです。

4年はほとんど大学行ってませんでしたからっ。


その時はじめて、ちゃんとしてこなかったことに

涙が出ましたー。

当たり前のことですが、こうしてチャンスをふいにしないと

人間、立ち直れないもの(苦笑)

就職氷河期の走り。

よしんば来年卒業できたとしても

これほどの好条件はあるまい。

嗚呼、ばかやったなぁ。。。

ちゃんと学生やってればよかったなー。

ごめんよ単位。ごめんよ、大学。

先生方、ごめんなさいっ。


後悔先に立たずとはよくいったものだ、ということを

痛感しました。


でも、捨てる神あれば拾う神がいるもの。


内定、取り消されずそのまま就職と

相成りました。


役員面接でつい一目ぼれしてしまった

ナイスミドルな社長が

入社させてくれたのです。


いわく

「自動車会社は土日休みじゃないから

平日うまく休んで大学行け。」


大変かたーい会社でしたのでとにかくびっくりしました。

まぁ、その前に、女の子がそんなことで

卒業できないなんてのも

先方にとり初めてのケースだったのでしょうけれど。


内定式では役員面接での態度を一変させ

ほうほうの体でお詫びを申しましたら社長、破顔一笑

「がんばれよ!」と、

背中をぽんとたたいてくれました。


感謝。



そんなわけで、一年は学生しながら会社に。

忙しかったけれどふりかえると楽しい一年でした。


春になると、恩師、恩人たちを思い出します。

そして、今度こそ

なんでも先延ばしにするのはやめよう、と

反省するのです。


・・・・ええ、毎年ね(苦笑)