想像を超える日 -4ページ目
床屋の親父の手がとても冷たくて、恐ろしかった。

少しずつ死んで行くこと。
生きながら死ぬこと。
独り言が多くなって、たまに誰かと喋ると、胸の奥のダムが容易に決壊しそうになる。
何がそんなに不満なのか。何がそんなに切ないのか。
どうしてこうも惨めなんだ。
靴下を履くのも億劫だ。

時々思い出すと何とも言えない気持ちになるんです。

まるで前世の自分に同情するみたいにどこか他人事で、それでいて暖かな記憶は紛れもなく自分が経験したもので。
iPodをなくした。

多分映画館に落として来たんだろう。

もうヨレヨレだったし、いいかと思って。探さなかった。


あらんかぎりの期待を全てあの映画館に置いて来たんだと思って。
冬晴れの朝日に白む綱島街道を見下ろす。

彼にとって自分は一つの厄介事でしかない。

この見慣れた風景を愛でる程の愛着さえない。

最後の約束を信じて、その約束が果たされることの意味からは目を逸らして、音楽で頭をいっぱいにして、黙々と部屋の掃除をする。

パソコン机に降り積もった綿ぼこりに少し驚き、追い付けなかった後ろ姿を思う。

理由を考えるのは、それは癒しだ。

その余地を自らに与えて、そしてそれは機能しているように思う。

今日の日付が変わる頃には、また少し何かが違っているかもしれない。



時間が進むのが恐ろしく遅い。

追い風に乗ろうと必死に駆け足していたこの秋を取り戻すみたいに。
別れというものはなんて理不尽で、なんて暴力的なのだろうか。

心は今この瞬間にもどくどくと血を吹き出しているというのに、警察も裁判所も俺自身でさえも彼を責めることすらできないのだから。そして最悪なことに、この惨事は昼のニュースで誰もが聞き流す駅前の通り魔事件と同じなのだ。


作戦か。
笑止。

俺は逃げた。
でなければ死ぬと思って。

卑屈な言い方をやめれば道を変えたと言えるかもしれない。
ただ、今度の道はただの遠回りじゃないかもしれない。
行き先が違ってしまったかもしれない。
今日、はっきりした。
自分が欲しいものが。

秘密の作戦がある。
それに乗ろうと思う。
自分の気持ちを抑えるのも、隠すのも、見ない振りをするのもやめた。