「焼き芋大会・下」
数分前までは見事にそそり立っていたカリヤザキが燃え落ちる頃、ぼくらはそろそろ芋も頃合だろうと見当をつけ、赤々とした炭の中からアルミホイルで包まれた芋を取り出し始めた。
「おお、あちーな!」
軍手をはめているにもかかわらず、手に取った遠赤外線だかなんだかで温められた芋は不必要に熱かった。
「熱い!食えない!」
トモナリが悲痛な声をあげる。
「我慢しろい!がっついて食おうとするからいけねえんだよ」
落ち着いたもので、僕は皮をむいたサツマイモを、恋人に食べさせてあげるかのように丁寧さで息を吹きかけて、冷ましている。
「俺は早くコイツを食ってやりたいんだよ!」
トモナリがまた悲痛の声。
「そろそろ食えるかな♪」
僕は丁寧に冷やし、ちょうどいい頃合を見計らった、薄い黄土色が半透明に輝くサツマイモにかぶりついた。
「熱い!」
「バカめ!」トモナリが喜色満面の表情で言葉を続ける。「遠赤外線の力をなめちゃいけねえよ!」
「うるせえ!ああ、口の中火傷したよ!・・・でも、これすげえうめえ!オスカーも総なめだよ!感動の渦だ!」
ぼくらは口々に「熱い、熱い」と繰り返しながらも、ペース良くサツマイモを口に運ぶ。
「うめえな!」
「最強だな」
そんなバカなことを言いながら。タイタニックなんて比較にならないほどの感動を得た。
瞬く間にサツマイモ一本を食べ終えたぼくらは、休む暇もなく、
「次はジャガイモいってみようぜ!」
というトモナリの一言を合図に、丸いアルミホイルに包まれた物体に手を伸ばした。
香ばしいジャガイモの皮をむくと、限りなく白に近い茶色のなんとも形容しがたい美味そうなものが顔を出す。
「これやばくねえ?」
トモナリが輝く瞳で、僕に語りかける。
「やばいな」
ぼくもさぞかし輝いた瞳で、そう語りかけていたことだろう。
まずは何もつけずに一口。
「熱っ!」「熱い!」
懲りない連中である。「ハフハフ」などと言いながら、ひどく温度の高いものを喉に流し込む。
「うめえ!!!!」
「これすげえ!!!」
ぼくらはそのうまさに失神しそうなほどの感銘を受けた。
「これ、すごいな」トモナリは感動覚めやらぬまま、驚いたことに気がつく。「これにバター付けたら、いったいどうなるんだよ」
「夢想だにしねえことになりそうだな」
僕は今まで味わったことのない美味に恐れおののいてそう呟くばかりである。
トモナリがバターのチューブに手を伸ばす。そして、いまだにホカホカと湯気をあげるジャガイモにバターをひねり出す。乳白色のバターはジャガイモに触れたとたんに摩擦をなくしたかのようにジャガイモの表面を滑り落ちようとする。それを逃すまいとトモナリはジャガイモに口をつける。
「・・・オスカーどころの話じゃねえ」
そう言うと、僕にバターのチューブを押し付けてくる。僕はなんだか分からないながら
も、トモナリと同じようにバターを熱々のジャガイモの上にひねり出す。またもトモナリと同じように摩擦を忘れたバターがジャガイモから流れ出す。ビールを多めに注がれたサラリーマンよろしく僕は「おーとっと」なんて言いながら、ジャガイモにかぶりつく。
「・・・こりゃあ、オスカーに収まる器じゃねえや」
そうなのだ。じゃがバターというのはなんて美味いものなんだろう。ジャガイモの淡白な味―それでいて直火で仕上げたおかげで香ばしさを備えている―にバターの塩分の効いたまろやかな味が加わる。そのハーモニーといったら、口の中で天国が広がっているようなものである。そこでは世にも美しく優雅な光景が広がっている。
「うめえよ!コレうますぎるよ!」
僕は無意識のうちにそう叫んでいた。何かを食べてここまで感動したのは初めてのことであった。そして、ぼくらはイモ類をまるで主食のように、いや砂漠での遭難者にとってのオアシスの水のように貪り食った。
「サツマイモにもバターつければうめえんじゃねえ?」
トモナリが素晴らしい提案をする。
「いいね!」
僕は熱々のサツマイモに惜しげもなくバターをぬる。そして、一口。
「やっぱ、うめえよ!」
トモナリも同じように一口。
「うめえ!焼き芋がスイートポテトになったよ!」
「焼きスイートポテトだな!三ツ星レストラン越えたよ!」
当たり前ではあるが、ぼくらはそんなことに感動してしまった。
「アウトドアはやっぱり最高だな!」
「だな!酒もうめえしよ!」
「焼き芋もやったことねえ奴は、ろくなもんじゃねえよ!」
昨日までろくなもんじゃなかったぼくらは有頂天で語り合った。
そして、気の早い冬の日も傾き始めた。残されたのは食べ散らかしたアルミホイルや芋の皮、おびただしい量の酒の空き缶。未だに火のくすぶって、熱気を放出し続けている焚き火。そして、夕日に染まる気持ちのいい晴れ空。
「そろそろ片付けだな」
トモナリが重い腰を上げる。
「これが面倒なんだよなぁ」
気の乗らない声で僕が答える。
ペットボトルに残った水を焚き火にかけて消火を図ろうとするが、これがなかなか消えない。焚き火に残った赤々とキンキンいっている炭は水にも負けず煙を吐き続けている。
「コイツはどうやったら消えるんだよ!」
トモナリは炭を恐る恐る蹴っ飛ばしながら言う。
「火事になる心配はないだろうから、焚き火崩して、広げとけば大丈夫じゃねえ?」
「そうだな。ここらにゃ、燃えるもんなんてねえしな」
そういうことでぼくらは鎮火し切れていない焚き火を残して、帰宅することにした。もちろん、燃えないゴミは持ち帰りである。それがアウトドアをやる人間としての最低のマナーである。それを守れない奴らなんてまがい物である。釣り禁止の場所で釣りをする、ゴミを持ち帰らない、できる限りの後片付けをしない。そんな奴らにアウトドアを楽しむ権利はないのである。楽しみをもたらしてくれた自然に対して、最大の感謝を感じてこそアウトドアなのである。それを忘れてはいけない。
その後、ぼくらは何回も焼き芋大会を開いた。そのたびに、その味に感動し、喜んで酒を呑み続けた。「釣り日和はボート日和」で登場したオヤマダ池までいって、飯盒炊爨、カレーという王道的な試みもしたし、ちょっとひねくれてシチューを作ってみたり、焼肉大会も行った。
こんな贅沢な遊びはないことだろう。元手なんて大していらない。そこにある大自然は無料である。でもお金では買えない。どこかのCMのようで、ありきたりだし、ある意味ではお金で買えるものなのかもしれない。でも、ぼくらはそれをタダで享受した。贅沢なことです。
お金で買える幸せもあれば、お金で買えない幸せもあるってことなのである。どちらが上だとか、下だとかという問題ではない。それでぼくらがどれだけ楽しんだか、どれだけ大きな経験をしたかという問題なのである。
このときぼくらは、確かに楽しんだし、いい経験をしたという確信がある。やがてはこれがぼくらの人生において大きな効果をもたらしてくれることを願う。
―おわり―