会社を解雇されてから半年ほど、私はとにかく自分の目で全部を確認しないと気が済まない人間でした。何かを世に出す前には、必ず自分でもう一度最初から最後まで見直す。誰かに任せた作業も、結局自分でやり直す。そうしないと不安で仕方がなかったんです。

理由は単純で、会社員時代に「確認不足でミスを出した人」として評価が下がるのを何度も見てきたからです。だから独立してからも、その癖が抜けませんでした。自分の名前で世に出すものは、自分がすべて見た上でないと出せない。そう思い込んでいました。

でも、それを続けているうちに気づいたことがあります。確認する対象がどんどん増えていくのに、確認できる自分の時間は増えないということです。仕事の量を増やそうとすればするほど、確認作業に埋もれて、結局何も前に進まなくなる。今日はその話を書きます。

何に消耗していたか

独立してしばらくの間、私は毎晩、その日に出したものをもう一度全部見直していました。ひとつひとつの作業自体はそこまで大変ではないのですが、「最後に自分の目でチェックする」という工程だけは絶対に外せないと決めていたんです。

問題は、扱う数が増えていったことでした。最初は数える程度だったものが、気づけば何十、何百という単位になっていて、それでも全部自分の目で見るというルールは変えませんでした。結果、日中は本来やるべき仕事をして、夜は確認作業だけで潰れる。眠る時間を削って確認し続ける生活が続きました。

一番きつかったのは、確認している時間そのものはお金を生まないということです。新しいことに使えたはずの時間が、全部「すでにやったことの見直し」に消えていく。増やしたいのに増やせない、そんな矛盾を毎日感じていました。

「自分がやらなきゃ」を手放せなかった理由

なぜそこまで確認にこだわっていたのか、後から振り返ると理由がはっきりしていました。解雇された経験があるから、ミスを人のせいにできない立場になったことが怖かったんです。会社員なら、ミスがあっても組織のどこかで拾ってもらえます。でも独立してからは、間違ったものを出したら、それは全部自分の責任として跳ね返ってくる。

だから「自分が最後に見る」ことを、安全策だと思い込んでいました。実際には、それは安全策ではなく、単なる不安の解消でしかなかったんです。自分の目で見たから安心、という感覚を得たいだけで、実際にミスを減らす効果はそこまで大きくありませんでした。人間は疲れていると見落とします。夜遅くに見直す確認ほど、実はいちばん当てにならないものでした。

この矛盾に気づくまでにかなり時間がかかりました。確認をやめることは、責任を放棄することのように感じていたからです。でも本当は、確認の仕方を変えることと、確認をやめることは別の話でした。

考え方をどう変えたか

転機になったのは、確認を「毎回、自分の目で」やるものから、「基準を先に決めておいて、それに沿っているかだけ機械的にチェックする」ものに変えたことです。

具体的には、何が「出してよいもの」で、何が「出してはいけないもの」なのかを、先に全部言葉にして書き出しました。この条件を満たしていなければ止める、満たしていれば通す。そのルールさえきちんと作っておけば、あとは毎回自分が疲れた目で見直さなくても、同じ基準で判定できます。

これは、一見すると「確認をサボる」ように見えるかもしれません。でも実際にやってみると逆でした。疲れているときの自分の目より、先に落ち着いて作った基準のほうが、よほど安定してミスを拾ってくれたんです。人間の集中力は日によって波がありますが、決めておいたルールは波打ちません。

考え方が変わったのは、「自分が頑張って見る」ことと「間違いを防ぐ」ことは、実はイコールではないと気づいてからでした。頑張って見ることは安心材料でしかなく、間違いを防ぐのは仕組みの役割だったんです。

そのあと何をやめたこと

考え方が変わってから、私はまず「毎回、自分が最初から最後まで見直す」という工程をやめました。代わりに、基準に沿っているかどうかだけを見る係を別に立てて、そこを通過したものだけが自分のところに上がってくるようにしました。

次にやめたのは、「量を減らして自分の許容範囲に収める」という発想です。それまでは、確認できる量にしか手を出さないようにセーブしていました。でも確認自体を仕組みに任せられるなら、扱える量を自分の体力で制限する必要はなくなります。増やせない理由がひとつ消えました。

そして最後にやめたのは、夜に確認作業をすることそのものです。日中の本業の後、疲れた頭で見直すという習慣がなくなったことで、単純に眠れる時間が増えました。眠れるようになったのは、副次的な効果でしたが、私にとっては一番大きな変化でした。

代わりに置いた仕組み

いま置いているのは、とてもシンプルなものです。「出してよい条件」を先に文章で全部書いておく。それをチェックする係を、自分とは別に用意する。そこを通ったものだけが自分の手元に届き、通らなかったものは理由つきで戻ってくる。自分がやることは、最後の判断が必要なものだけに絞られました。

この仕組みを作るときに大事にしたのは、「完璧な基準を最初から作ろうとしない」ということです。最初のルールは粗くても構いません。実際に運用してみて、見落としがあれば、そのつど基準に足していけばいいんです。完璧を待っていたら、いつまで経っても手放せませんから。

いまは自動化している仕事が170本を超えていますが、そのすべてを毎回自分の目で確認しているわけではありません。基準を通ったものは自動で進み、基準に引っかかったものだけが自分のところに通知として届きます。スマホの通知を確認するだけで、その日一日、何か止まっているものがあるかどうかが分かる状態にしています。

失敗したこと

もちろん、うまくいかなかったこともあります。基準を作ってすぐの頃、条件をゆるく作りすぎて、本来止めるべきものを一度そのまま通してしまったことがありました。小さなミスではありましたが、「これで大丈夫」と思っていたところに穴があったと分かって、正直かなり落ち込みました。

このとき学んだのは、「確認をやめる」ことと「基準を甘くする」ことは全く別の話だということです。確認する人が自分から仕組みに変わっただけで、基準そのものは以前より厳しくしてもいいはずでした。人間だと厳しい基準を毎回律儀に適用するのは疲れますが、仕組みなら疲れません。むしろ、人がやっていたときより厳しい基準を、機械的に当てはめられるようになりました。

失敗した直後は「やっぱり自分で全部見たほうが安全なんじゃないか」と揺り戻しそうになりました。でも、そこで元に戻していたら、また夜中の確認作業に逆戻りしていたと思います。基準を直して、また運用する。それを繰り返すことのほうが、結果的にはずっと安全でした。

いま同じ状況の人に伝えたいこと

もし今、自分が確認しないと気が済まなくて、時間がいくらあっても足りないと感じているなら、確認そのものをやめる必要はないと思います。ただ、確認の仕方を「毎回、自分の目でその都度見る」から、「先に基準を決めておいて、それに沿っているか見る」に変えられないか、一度考えてみてほしいんです。

私自身、解雇されて収入がゼロになった経験があるので、「自分の責任で出すものは自分で見る」という考え方を手放すのは、正直かなり怖かったです。でも実際にやってみると、責任の所在は変わらないまま、確認する作業だけを自分から切り離せることが分かりました。責任を負うことと、毎回自分の手を動かして確認することは、別物だったんです。

いまは寝ている間も、決めておいた基準が代わりに見張ってくれています。増やせる量にも上限を感じなくなりました。会社員時代に染みついた「自分が全部見なければ」という感覚は、独立した後も長く残るものだと思います。でも、その感覚を少しずつ手放していくことが、私にとっては働き方を変える一番大きな一歩でした。

※内容は執筆時点の情報です。


Lily@bokuwalily)— 個人開発者 / AI導入・業務自動化のコンサルタント

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