田中は、安藤の運転する車で、労連の事務所に戻っていた。
安藤は、柳沢をやくざのような男と評していた。
きっと、今日辞めなかったら、彼の言い分をのんでいたら、君はやめられなかっただろうねという。
田中は、本当に助かりましたと安藤に伝える。
そして安藤は言った。
柳沢氏はほとんど寝てないんじゃない?目のしたが真っ黒やったで・・・。
と。
田中は、そうでしょうねとつぶやく。
田中は、柳沢が、しばしば終電に間に合わず、会社前のホテルに泊まっていたことを知っていた。
柳沢が朝の2時、3時まで働いているのを知っていた。
柳沢は、総額で60万弱の給料をもらっていたらしいが、柳沢はその代償として日曜日も、月1でしか休まず、月から土曜日まで休みを取らず働いていたらしい。
中田も同じくらい働いている。いやそれ以上かもしれない。ただ柳沢よりも地位が低いため、給料は総額で40万前後であった。中田は、1カ月ほとんど休まず、そして学校のチラシを朝4時まで、集合住宅にポスティングすることもしばしばあった。
2日間で睡眠時間が1時間しかないこともよくあると自慢していた。
田中も安藤も、それだけ働いてこの給料は安いですねと、頷きあった。
そして柳沢は、退職者を出したということで、社長の逆鱗に触れ、今頃叱られているに違いないと思った。
ただでさえ人数が足りないので、引き留めに必死なのだ。引き留めに失敗したことで、相当責められていることだろう。
柳沢もまた、歯車の中で生きざるを得ない人間なのだろう。
そして柳沢とともに、中田も社長からおしかりを受けているに違いないのだ。
もちろん田中が会社を辞めたのは柳沢のせいでもなく、中田のせいでもない。
一番は会社の体質であったのだ。
しかし、田中を慰留できなかった責任を、柳沢と中田が取っているのである。
柳沢も中田もある意味犠牲者なのかもしれないと田中は思った。