吉田尚令さんインタビュー 

〜絵本『希望の牧場』(岩崎書店)に寄せて〜(2015.3.10 於:ギャラリーハウス マヤ)



【画家プロフィール】

 

吉田 尚令(よしだ ひさのり)

 

1971年、大阪府生まれ。イラストレーター。書籍の装画や絵本などを手がける。
絵本に『
ボールコロゲテ スポーツの俳句』(編・村井康司)『パパのしごとはわるものです』(作・板橋雅弘)『悪い本』(作・宮部みゆき)『おによりつよいおよめさん』(作・井上よう子/いずれも岩崎書店)、『つるのおんがえし』(文・山下明生/あかね書房)、挿絵に『雨ふる本屋』『雨ふる本屋の雨ふらし』(作・日向理恵子/ともに童心社)、『月の街山の街』(作・イ・チョルファン/訳・草彅剛/ワニブックス)などがある。私生活では、4歳の双子のパパ。

 

 

2015年3月9日~3月14日 東京・外苑前のギャラリーハウス・マヤにて、『希望の牧場』(2014年9月 岩崎書店刊)絵本原画展が行われました。期間中、画家の吉田尚令さんは3/9、3/10在廊。お話を伺うことができました。

大阪ご出身の吉田さん。穏やかでたいへんユーモアのあるお人柄。飄々とした雰囲気を纏いながら、作品を語るその口調はときに熱を帯びて...

 


 

〈東日本大震災のあと発生した原発事故によって「立ち入り禁止区域」になった牧場があります。
だれもいなくなった町の牧場にとどまり、そこに残された牛たちを、何が何でも守りつづけようと決めた、牛飼いのすがたを描き出す絵本。〉
(帯文より)




◆「3.11の震災をテーマにした絵本について」

東條:『希望の牧場』が出版された昨秋、この作品に出会いたいへんな衝撃を受けました。
そもそも吉田さんがこの作品に加わったきっかけは、どういった経緯ですか。


吉田さん:もともとは、作家の森絵都さんが岩崎書店さんへ持ち込まれた企画です。

(参照:「月刊こどもの本」2014.11月号 森絵都さん)

僕は絵描きとして依頼を受けました。


東條:たいへん重いテーマを扱っています。この作品に関わることに、躊躇や迷いはありませんでしたか?


吉田さん:現地取材へ足を運んだのが2013年の11月。
うちにはまだ小さい子どもがいることもあり、原発から近い「警戒区域」へ入ることについては家族とじっくり話し合う必要がありました。
でも僕は3.11の震災をテーマにした絵本について、とても意義あることと思っていたし、森絵都さんの作品も本当に好きだったので。ぜひ、とこたえました。



◆「悔しい、やりきれないきもちに」

吉田さん:実をいうと警戒区域へ入ること以上に、現地で過酷な現実を見聞きすることで自分がひどく感傷的になってしまうんじゃないか、、、そのことの方が怖かったんです。
だから取材時はできるだけ感情を排し、事実を受け止めることに努めました。

ところが帰りの新幹線。仙台と東京を経由して帰ったのですが、平常と変わらないまぶしいくらいの光にあふれている都市の姿と、今まで見てきた現地の姿との間にものすごいギャップを感じてしまって。
頭ではよくわかっていたはずなんですが。
大阪までもう少し、名古屋を過ぎたあたりで緊張の糸がプツンと切れてしまったのか、突然それまでの感情がわっと押し寄せてきました。
ほんとうに悔しい、やりきれない気持ちでいっぱいになってしまったんです。
そのときは、今この思いをとにかく絵に吐き出そう、お腹の中にずんと溜まったものを「出したい」と思いました。






(写真:『希望の牧場』原画展@ギャラリーハウス・マヤ 15/3/9撮影)

 

◆「“ひとりの人間”を描くために」

東條:作品からは藁の匂い、牛の匂い、土の匂いが感じられます。(※放射能汚染地域となった牧場が舞台)

土地に生きる人の怒りや悲しみ、そして強さ。心を揺さぶられます。
今回原画を間近で拝見し、全体の流れの中で、シーン毎に絵のタッチや使われる画材が異なることがわかりました。
意識的に変化をつけたのでしょうか。


吉田さん:絵本の形にするにあたり、この実存するおじさん(牛飼い)を「キャラクター」ではなく「ひとりの人間」としてしっかり描かなければならないと思いました。
揺れ動く様々な感情を持ったひとりの人間をあらわすために、その場面にふさわしい表現を、そのための方法(構図、色、タッチ)を探りました。
すると、自然と様々なタッチや画材を用いて描くことになりました。


(写真:「どう表現するか?」何枚も何枚も描いた下絵のほんの一部。 15/3/9撮影)


「...ほとんどの牧場主は、しょうがなく同意した。
その人たちから、オレ、いわれたよ。
「オレらは泣く泣く、牛を殺した。
なんでおまえだけ生かしてる?」


そのきもち、オレはわかる。
ほんとは、だれだって、殺したくなかった...」

(※ 『希望の牧場』 本文より抜粋)





◆「どんな絵が相応しいのだろうか」

東條:牛飼いのおじさんの「手」が本当に、土に生きる人のそれだと思いました。ごつごつと大きな手。肉体労働者ならではの厚みのある「手」もまた語っています。


吉田さん:
ベン・シャーンという画家がいます。
彼の作品のモチーフとして、肉体労働者などを描いたものがあります。
『希望の牧場』にはどんな絵が相応しいのだろうか...と、ウーンと考えた時に、理想型のひとつとして彼の絵が浮かびました。





◆「絵本はときに、ドキュメンタリー番組より鋭く突き刺さる」


吉田さん:「これを絵本という形にする必要はあるのか」と人から聞かれたことがあります。
現地取材をご一緒した森絵都さんから送られてきた(原作)文章に、僕はしばらく震えが止まりませんでした。
あのとき現場で見聞きしたたくさんの事柄。
そこから森さんが「何を残し」「何を削ぎ落として」書いたものなのか、思いが強烈に伝わってきたからです。
“そのこと”を、一冊の中で表現する〈絵本〉は、ときに1時間のドキュメンタリー番組より鋭く突き刺さる力を持ちうる。そう思います。




◆「長く残る作品に」

東條:研ぎ澄まされた文章、骨太の表現。命、強さ、愛...
「牛飼い」のおじさんといっしょに読み手である私たちも、こたえをずっと探し続けることになる。
3.11を描いていますが、そこにあるのは普遍のテーマともいえます。
長く読み継がれる作品になりそうです。


吉田さん:取材時に森さんと僕、編集担当者さんの3人で話したのは、まさにそういったことでした。
「長く読まれる作品を作ろう」「20年以上、その先も残る作品を作ろう」と。
そのためにも作品作りはもちろんのこと、これからもずっとこのように、原画を見てもらったり絵本を話題にしてもらえるような機会を設けることができればと思っています。



(写真:『希望の牧場』原画展@ギャラリーハウス・マヤ 15/3/9撮影)




☆『希望の牧場』(森絵都 作 吉田尚令 絵 岩崎書店)


☆絵本の売り上げの一部は「希望の牧場・ふくしま」の活動資金として寄付されます。



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(後記)
お家には4歳の双子のお子さんがいらっしゃる吉田尚令さん。
お子さんの話題になると「かわいいですよ」と目を細めました。
吉田さんの『悪い本』ファンである東條の息子について、小学校高学年になった今もたまに「読んで!と言います」とお伝えしたところ、「甘ったれやなあ」と笑われました。

飄々として冗談好き、でもその内側には表現に対する揺るぎないこだわりと情熱がふつふつ煮えたぎっている。
作品によってガラリと豹変するお仕事をこれからも楽しみに、画家の思いに目をこらしてまいります。

吉田尚令さん、貴重なお話をありがとうございました。


震災から4年目の3.11に。

絵本コーディネーター 東條知美