◆質感を描く
東條:画材はどんなものをお使いになることが多いですか?
こみねゆらさん:アクリル絵の具です。それに色鉛筆とか水彩を使うこともあるのですが、一番慣れているのはアクリル絵の具ですね。
東條:モチーフが丁寧に、繊細に描かれています。
『ミシンのうた』でも、町の石畳やお店の壁紙、布生地のひとつひとつ、それにテーブルの木目にいたるまでたいへん細かく描かれていてうっとりします。
ちょっとクレーの絵を思い浮かべました。
こみねゆらさん:わあ、私、クレーの絵が一番好きなんです!
実際この作品では、石畳や床などかなり描き込みましたが、その後パリへ行って「ああ、実際に(石畳を)見てから描けばよかったな」と後悔したんです。
その時点ではもう遅いのですが(笑)
東條:こみねさんの作品はいつも、質感にこだわって描かれていますね。
こみねゆらさん:はい。このテーブルも、木目のひとつひとつを点々点々と…。
「塗るだけ」ということができないんです。だから時間がかかります(笑)
東條:背景や小物が丁寧に描き込まれていることも、読者がその世界にぐっと入りこめる理由のひとつだと思います。
所謂“リアル”ではないのだけれど、質感を手触りとして感じられる。世界が感覚的に迫ってくるんですね。
◆目に映る景色
こみねゆらさん:今住んでいる所(熊本県)は自分が生まれ育った場所です。
小さい頃に歩いた道を、川原を、50年ぶりくらいにゆっくりと歩ける日々は楽しいです。
東京に居た頃は、猫と一緒に暮らしていました。
マンションの目の前には、梅畑がぱーっと広がっていたので、もしかしたらこの時の方が(住宅街に住む)今よりも、「自然の中」といった感じだったかもしれません。
このマンションに決めたのは、ファージョンの『りんご畑のマーティン・ピピン』(1972年岩波書店)に出てくる風景みたいだと思ったからなんです。
まるで本の中のマーティン・ピピンが、今にも現れそう…そんな風景に思えて。
東條:こみねさんの作品には、野山やはらっぱの描かれるシーンも多くありますが、やはり〈目に映る景色〉は、画家にとって大切だということでしょうか。
こみねゆらさん:そうですね。
それなのに、私にはそれがどんなに好きな場所であっても、10年おきくらいに住む場所を変えてしまうようなところがあるのです。東京、フランス、熊本…一か所にずっと居られない質なのかなあ。
東條:先ほど創作時には「ずっとその世界に籠る」とおっしゃっていましたが、こみねさんは移動し、変化する景色の中で次々と作品を生み出してこられたのですね。
こみねゆらさん:たとえお家の中でじっとしていたとしても、場所の影響は受けますよね。
かつて8年間暮らしていたフランスの風景は、当時自分の中の一部だったはずなのに、いつの間にかフッと遠ざかってしまった気がしていました。
でも今年、久しぶりに渡仏して、やっぱり実際に街を歩き、触れることや見ることは、感覚をリフレッシュしてくれるから大切だなあと思いました。
◆好きなアーティスト
東條:今思いつくものだけで構いませんので、好きなアーティストや絵本作品について教えていただけますか。
こみねゆらさん:パウル・クレー、シモーネ・マルティーニ……
絵本では、ホフマン、クーニー、フランソワーズ、ベーメルマンスなどなど。
それから昔のロシアの絵本全般が好きです。
(⑤へ続く)