謝るならミノー


これ、意味が分かりますか?

これは親からかわいがってもらえず、ろくに家にも入れてもらえないため、顔が真っ黒に汚れた少年が、知人の話に夢中でボーっとしていていたために、彼が持っていた大きな鉄の鍋に入った汚い黄色の水を、こぼして僕にかけてしまった時のお話。

その少年は、見知らぬ僕にかけてしまったにもかかわらず、謝ろうともしないので、僕は非常に腹立たしい気持ちになり、謝らせようとして注意した時に、少年の発した言葉がそれです。

「謝るならミノー。」

さて、これ一体どういう意味なのでしょうか?

みなさんは意味が分かりますか?

ここでその時の状況に戻ってお話をします。

見知らぬ少年がこぼした何か汚い液をかけられた僕は、まず彼に謝らせようとしました。

なぜなら今の時代の非常識で自分のことしか考えないような子供に限らず、大人を含めた誰も彼もが今の時代、ますます多くなってきているのではないでしょうか?

そんな人間を一人でも減らしたい。

それが自分の中の固定観念だとしたら、相手が貧しい少年や、何らかのハンディキャップをかかえた大人を咎めた僕が世間一般的に、【弱い者いじめ】ということになるでしょう。

それは単に大多数が思う感情に振り回されているあまりに時代がズレはじめて、個々の人間性が打ち消されているにすぎません。

挨拶をしない人間が増えたのが悪いのか、挨拶を強要しなければならない会社組織が増えたのが悪いのかという問題と同じです。

一人の力では解決できない時代に、良き時代を崩壊させるべく情報すら錯綜し、個々の存在価値すら大多数に埋もれる今だからこそ、一人一人が立ち上がらなくてはいけないのです。

さて、話を戻しますが、【謝るならミノー】

とは一体どういう意味なのでしょうか?

恐らく、他人の僕がいきなり叱りつけたので、幼いながら少しでも大人に抵抗しようと粋がったのかも知れません。

しかし、【ミノー】とは一体??

僕は何だか怒ることすら正しいのか分からなくなってきました。

冷静にもう一度少年に聞きなおした僕は驚きました。

謝るなら見ろ!という意味だったのです。

謝らせるくらいなら下を見ろという意味だったのでしょう。

驚いたことに下をみると、僕になかったはずの足が二本生えていたのです。その子供は天使でした。

鍋に入った汚い黄色の魔法の液体を、僕の足にかけて治してくれたのです。

人は見知らぬ他人に対して疑いの目を向けては、ただそこに存在するだけで嫌悪感すら抱きがちです。

しつこい売り込みをしてくる営業マン、仲のいい親友だった奴がはまったネズミ講の勧誘、常にべったりと横について過剰に褒めちぎるアパレル店員、どうしても断りきれない取引先の人達。

これらはすべて心ある人間が行う習慣ではありますが、多様なしがらみの中、その中からわずかではあっても、何か学ぶものを見出だしてほしい。

お客様が作る厚くて高い壁は営業マン自身が作っている。

壁を作る人間にはこちら側も壁を作ってしまう。

情報過多の時代だからこそ起こりえる問題ですが、情報を遮断する時、人は立ち止まります。

立ち止まるということは、時代の流れに取り残される事。

大切なことは、世界的に見て今ここで生きている自分という存在が、一体誰に耳を傾けていいのかわからない時代こそ、壁を作りすぎて大切なことを見失わないように、何かをつかんでほしい。

そんなはあなた方とといい合える関係づくりのため、

皆様のお役に立てる日がくることを願ってやみません。


僕俺株式会社

代表取締役  成田 幹男


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