どうも、リョウタです。
作品でキャラクターを創る際に注意されることに、その人物の過去を作り込めとよく聞きます。
それは「現在」を書く際に、過去が重要になるからですが、どうしてでしょう。
人間の性格は、育った環境、生い立ち、大きな事件などによって形成されます。
つまりは、過去を作り込むことによって、作者自身も見えてこなかった部分や、人間らしさという「深み」が形成されるのでしょう。
青山繁晴氏は「外交関係は友達関係だ」とおっしゃっていました。
そのことから派生させて、日本も一人の人間と考えてみると、どのような性格をしているのでしょうか。
「優しい」「規則正しい」という言葉が頭に浮かぶかもしれませんが、では、どのような過去があって「優しく」「規則正しく」なったのでしょうか。
その為には、日本の「生い立ち」を遡る必要があります。
まだ勉強不足ですが、明治維新の近代化、大東亜戦争などは間違いなく大きな「事件」の一つでしょう。
直近でしたら、大東亜戦争、そしてその後に行われたGHQによる教育です。
そのためか戦後以降は、アメリカの従国という印象が強く残っていると感じます。
先日書いた《木》という記事にも書きましたが、日本は木のように独行ができているでしょうか。
旅先で出会った地元の方に、どこか良い場所はありますか、と言うと、謙遜もあるかもしれませんが、あまり無いと言われる方が結構います。しかし、歩いてみると、街並みが綺麗だったり、ボロボロの展望台からの景色が素晴らしかったりと、多くの埋もれたスポットがあります。
それはその人にとって、地元が「普通」であるからでしょう。
その意味でも、一番日本を見れる人は外国から来た移住者や旅行客なのかもしれません。
松尾芭蕉も正岡子規も柳田國男も旅好きとして知られていますし、そういった意味では、旅は重要です。外部から来たものとして、そこ景色や文化を詠み、書いたのでしょう。
旅行客の増加が社会問題になっていますが、増加するにあたっては、日本の魅力に惹かれているからではないでしょうか。
実際に、《西洋化する日本人》という記事にも書かせていただいた通り、日本の映画を海外では高く評価しています。
今回このような記事を書かせていただいたのは、今の僕たち日本人の性格を見たいというよりも、過去の日本人の性格を見たいという意図があります。
その過去の日本人というのも、大雑把ではありますが、戦前、近代化以前の日本人です。
英会話が持て囃される現在、古典は必要ない、文学部はいらないなどという世論が飛び交っていますが、ぼくはナンセンスに思います。
どんどんと人格自体が西洋化していくように思いますが、その先に待ち受けているのは、強烈な劣等感です。
ですが、劣等感を抱くのも、「西洋が凄い」「日本はダメだ」という教育から来ているように思います。
英会話などによる異文化交流は、自らの生い立ち、環境などを知った本当の意味での日本人だからこそ、意味があるのではないでしょうか。
日本は良いと言えば、右翼だと言われる世の中です。やはり日本は「悪い」のでしょうか。
是非この本を読んでみてください。
何も韓国や中国、アメリカを批判してほしくて勧めているのではなくて、日本の「現在の性格」を知って欲しいのです。
(この本を読んだだけで韓国や中国を批判するのは、全く愚かに思います。)
このように偉そうに書いてしまいましたが、何かご意見やオススメの本などがありましたら、是非書いていただけたらなと思います。
気を悪くされた方がいましたら、お詫び申し上げます。

