----StarWars EP III ----
真実を伝える (NHKの番組改変問題)
▼権力にもみ消される真実ほど、虚しいものはない。報道の自由が主張される社会の中で、我々は知る権利を有する。権力がそこに介入することは厳に慎むべきこと、とは言うまでもない。▼真実が明らかにされない今の段階であっても、権力者とNHKに対する不信の念を抱く人間は、きっと私だけではないだろう。客観的な事実(とされる事)を並びたてられても、「もしかしたら…」の疑念が生まれるのは、件の権力者がどうこうというのではなく、これまでの権力者が成してきた歴史がそう させている。▼公正であることは、利害に振り回されないことの呼称でもあるが、NHKという一見公正な公共機関的感覚を抱かせる組織も、利害の渦中にあったということなのだろうか。▼歴史とは、勝者の記録であるという。今回のNHKの対応が、権力に穿つ勝利ではなく、権力と共に歩く、最も安直な勝利を得たとしたならば、歴史はきっとそのことしか残さない。主張する真実が、万人に真実と映らない状況を生み出した罪は、横領社員の問題より、重い。
「愛国心」って
▼教育基本法改正原案の内容が報じられた。幼いころから、教えられて培われることも確かに多い。国として教育の方針が確立されていない、などとは思わない。むしろ、大多数の教師が公務員であるわが国では、その方針は好むと好まざるとに関わらず、子供たちへ浸透する環境がある。▼改正原案には、「愛国心」や「真摯に学習する」といった明記がなされている。また、ニートの問題などをうけて、「将来の生活設計を考える教育」も盛り込まれるという。▼文字面を見れば、確かに今現在、社会的問題と考えられることを解決する為に、教育が担うべき方針が何であるかが明示されているように思われる。でも、「愛国心」や「働く」事など、誰かに教えてもらうものなんだろうか? 感じ取り、学ぶことではないだろうか?▼子供たちに愛される国であるよう、大人たちへの「教育」の基本方針こそが必要であるように思う。「働く」ことをしなくても生きていける今の社会が、子供たちを歪めているようにも思う。▼現社会で起こる問題を、子供たちへの「教育」に責任転嫁する大人ではありたくない。この社会自体が子供たちに学ばせるに足る国であるよう、求めたい。
青色発光ダイオード訴訟(ものづくりの本質)
▼【対価:(たいか)】財物や行為などによって人に与えた利益に対して受け取る報酬(大辞林)▼偉大なる発明に対しての報酬が如何程か? 和解が成立した▼金額の上下を語る論調はさておき、ものづくりにおいてこの争いは、不毛である▼生活に欠かせないもの、豊かにするもの、便利なもの、ものづくりは本来、その対価で価値が決められるようなことではない▼使われてこそ、役に立ってこそ、その行為に意味がある▼青色発光ダイオードが社会にもたらす功績が、この訴訟でより広く知られることになったのは、ある意味皮肉である▼画期的な発明が、この争いの双方により、ものづくりの本質からはずれ、物欲の象徴のように報じられることに、激しい寂しさを覚えてしまう▼「わが社は世界的視野に立ち、顧客の要請に応えて、性能の優れた、廉価な製品を生産する。わが社の発展を期することは、ひとり従業員と株主の幸福に寄與するに止まらない。良い商品を供給することによって顧客に喜ばれ、関係諸会社興隆に資し、さらに日本工業の技術水準を高め、もって社会に貢献すること こそ、わが社存立の目的である。」(引用:本田技研工業社是)▼ものづくりのロマンティストと称された偉大な経営者は、このような訴訟をなんと思うだろう▼私個人の印象として…、この争いの双方からは、青色発光ダイオードを超える、次の偉大なものづくりはないような気がしてならない
いざ、書こう
▼新聞を読む、コラムを読む、ブログを読む、エッセーを読む、このところ読むことでふつふつと湧き上がる書くことへの願望▼自分が目にする文章は、いつだって素直にアタマに収まることはない▼批判精神と言えるほどの尊厳はなく、ただ自分自身が「納得」したいだけ▼咀嚼するだけで「納得」できないのは、もしかすると私の個性かも▼「批判」や「疑問」っていう唾液を加えて、反芻する▼程よくこなされて、腹に収まる▼そうして初めて私の肥やしとなってくれる▼最近、この唾液が薄くなったのか、しっくりと腹に納まらぬことが多くなってきた▼どうも消化不良、「書く」という胃腸薬が必要のようだ▼何かに先ず噛みついてみよう▼そして書いてみよう▼そうだ、「牛乳はよく噛んで飲め」と言われてきた世代の私だった…。
