「あゝひめゆりの塔」で最期に食べた小さなおにぎり | ボクらの映画めし

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映画に出てきたごはんを作ってみた。なるべくヴィーガン

毎年8月くらいはせめて、頭の中に「戦争」テーマを置いておきたい。

夏休みに、テレビで、吉永小百合版の「あゝひめゆりの塔」(1968年公開)を鑑賞。

映画を楽しむというよりは、沖縄戦について知っておきたいという気持ちで。

調べたところ、ひめゆりテーマの作品は
ひめゆり(ドキュメンタリー,2007年)
ひめゆりの塔(今井正,1953年,1982年)(神山征二郎,1995年)があるそうです。

 

1945年、上陸した米軍による戦火が激しくなり、死を覚悟した移動の前に、ガマ(洞窟)の中で、おそらく最後の米を飯盒で炊き、女学生と先生たちが人数分の小さなおにぎりにして、泣きながら食べた

 

「ひめゆり学徒隊」は、看護要員として従軍させられた女子師範と高等女学校の2校の学生たちのこと。
彼女らの体験した戦争は・・・・・ぜひ、映画で観てほしい。

従軍後の、映画の後半に比べ、前半の学校生活、家庭の様子はのどかなもので、その対比がひとつの見せ場なのかも。

ただ、その前半は1943年あたりの話で、学校も地域社会も、確実に戦時体制だ。

と、2020年に映画を観ている私にはわかる。しかし、当時の彼女らは、それに疑問や不満を持たず、じわじわと慣らされていたわけだ。

戦争の悲惨さを知ることは大事だけど、なぜそこまで行ってしまったのかを考えることが、より必要だという気がする。

映画の冒頭で、映画が公開された1968年当時、ゴーゴー喫茶で踊る若者たちの、戦争に無関心な様子が描かれる。そこに渡哲也が登場。

戦争の指導者たちが、戦後に政財界で幅をきかせてきた、私たちの国。

学校教育でも、家庭でも、後ろめたく、暗い記憶は片隅に追いやられてきた。

根本的な反省がないのに、またあの戦争への道を歩まないかと、いや、今歩んでいないか?と、肌で感じられるのか。それが不安。

吉永小百合がほんとにかわいくて。死んでほしくなかった。

 

 

海苔をつけてわたしの朝ごはんに。過去の戦争に思いをはせる機会を、こころがけて持ちたいものです