静まりかえった教室に、

百合枝の透きとおる声が教室すみずみまで響く。

受講生をひきつけるオーラがある。

輝いている。

百合枝は、がむしゃらだった。

百合枝は軽快な口調で語りかける。

「企業の帳簿記入である簿記は、日々の出来事(取引)を記録していきます。」

「この出来事をメモする手続きが仕訳(※重要ポイント)です。」

「仕訳、仕分けるという言葉は、左と右に分類するという意味があります。」

「帳簿にメモ書き(仕訳)をする出来事を簿記上の取引といいます。」

「お金、もの、権利などが、増えたり、

減ったりする出来事を仕訳(メモ書き)によって記帳していきます。」

「簿記では、最終的な目標として資料を作成していきます。」

「この資料で3級の簿記で必要なものが、貸借対照表と損益計算書です。」

「貸借対照表は、時点の表です。」

「それに対して損益計算書は、計算書ですから、期間で計算します。」

「このような資料を財務諸表といいます。」

「諸表というぐらいなのでたくさん資料はあります。」

「貸借対照表から説明します。」

と百合枝はいいながら、チョーク ばさみを持ち、

丁寧に黒板に書き込む。

貸借対照表とは、企業の一定時点の財政状態を示す表。

黒板に書き込むと百合枝は、

受講生のノートに書き終わるのを見計らって、

百合枝は、語り始める。

「企業活動にとって大切なことのひとつにお金の流れがある。」

「どのように財産等を運用しているか。どのようにお金を集めたかを

知るための資料です。」

「左側に財産等を運用している資産、

具体的には、お金、もの、権利等は記載されています。」

「右側にはどのようにお金を集めたかを現す負債と資本、

具体的には、返済しないといけない義務(負債)と

返済しなくてもよい元手等(資本)が記載されています。」

「資産のグループには、現金、預金、建物、貸付金などがあります。」

「負債のグループには、借入金などがあります。」

「資本のグループには、資本金などがあります。」

「貸借対照表に対して損益計算書は、

企業の一定期間の経営成績を示す計算書です。」

「例えばみかんを100円で買ってきて、商売するとしたら

あなたならいくらで売りますか。」

といって百合枝は、教室内を見渡した。

受講生は50人ぐらいだ。

下は高校生から70歳ぐらいのお年寄りもいる。

百合枝は30代前半のブランドの背広できめたサラリーマン風の

鼻筋のとおったしゃきっとした顔つきの男の人に、

目がとまる。

その男の人と

目と目が会う。

思わず、照れてしまう。

百合枝は、自分の髪の毛を

手ぐしで整えてしまう。

右手と左手の動きがぎこちない。

照れ笑いをする。

19歳の少女の

微妙な心がこう叫ぶ。

「かっこいい・・・・・・」

とぼそぼそつぶやいてしまう。

思わず声が出てしまった。

百合枝の顔が見る見る

赤面していく。

はっと

気づく。

授業中だ。

百合枝はわれにかえる。

教壇の上の名簿を見る。

加古伊 優作 31歳 男 株式会社一流企業勤務 最終学歴びわこ大学

と書かれている。

「加古伊 優作さん。いくらで売りますか。」

村木に生徒さんの名前は必ず、付けてしゃべれと指導を受けていたからだ。

加古伊は答えた。

「110円で売ります。」

そうすると教室の後ろから中年の小太りのまえかけを付けた男が、

「そんな値段で売らんで。」

百合枝は慌てる。

村木との模擬授業でなかった質問だ。

登米 大吉  32歳 男 屋号果物屋さん 最終学歴びわこ大学

思わず、百合枝は座席表から名簿を確認する。

百合枝は、思わず。

「困った・・・・・」とつぶやく。

百合枝は、実は経理事務の経験がない。

なにせ、百合枝は花の女子大生1年生。

その男は、お姫様どおり商店街の果物屋の店主だ。

毎日、経理は記帳してるはず。

百合枝は、村木の言葉を思い出す。

百合枝はつぶやく。

「成せば為る。」

力が沸いてきた。

登米が質問をする。

「130円から150円ぐらいやな。」

百合枝は、

「なるほど」とうなずく。

「登米 大吉さん、150円ですか。」

百合枝はすかさず。

「登米 大吉さん、なぜ150円で売るんですか。」

「みかんがグレープフルーツや夏みかんになったわけでもないし、

なぜ100円のみかんが・・・・・」

登米はしばらく、考えた。

「そら~四代目の亡くなった親父から教わったからや。」

お姫どおり商店街には創業してから100年以上経つ企業は多い。

彦根には、100年以上、経営を続けている企業が多い。

10年続けることが難しい、今日の状況から考えれば、奇跡だ。

登米も五代目だった。

百合枝はすかさず。

「登米 大吉さん、もし仮に50円で売り続ければ、どうなりますか。」

その質問対して、登米は

「商売にならん。」

百合枝は話し始める。

「登米 大吉さん、そこです、100円で買って来たものは、

100円以上で売らないと商売にならないのです。」

「100円を投資したなら、必ず回収しないと、

店の電気代や水道代を払えないのです。」

「この当たり前のことが判ってないと商売はつづけられないんです。」

「登米 大吉さんのお父さんは経験や体験で知っていた。

そこで息子のあなたには、同じ苦労をさせないように、

あなたに教えてたんですよ。」

登米は、うなずいて、考え深げに

「そうだったんか。おやじありがとう。」

百合枝は、登米にやさしく微笑んだ。

黒板に書きながら百合枝は、

「150円で売る行為を簿記の用語に直すと売上といいます。」

「売上は、収益というグループに属します。」

「収益とは、簡単にいうと儲けのことです。」

「商売で儲けるためには、たくさんのお金を使います。」

「儲けるために使ったお金を費用といいます。」

「ここで大切なことは、100円で買ったものは、

100円以上で売ることが大切です。」

「この当たり前のことができないと商売は続けられないのです。」

百合枝は教室の後ろの掛け時計を見た。

丁度午後8時をさしていた。

百合枝は、教壇に両手をつき、深々と頭を下げた。

そして、

「本日の授業はこれで終わりです。」

というと百合枝は微笑んだ。