自分を縛らないで欲しいという勝手な思いはあるにせよ、
同時に親には感謝してもしつくせない。

最近、こんなイメージを時々する。

まだ自分は身体感覚もはっきりしないであろう赤ん坊のとき。

何か聞こえてくる。やさしい声で自分の名前を呼んでくれてる。

やさしく触れる手は暖かい。

その時に自分を見てくれてる顔は・・・・・


うああ、ここまで来るともう涙腺崩壊、ありがとうの言葉しか出て来ない。
やっぱり、そうなんやなあ。
今日は、ミツさんが名古屋に所要で来るとのことだったので、
個人セッションを予約してた。

ブロック解除を中心にいろいろ聞くつもりで名古屋まで。
自分でもやってる(つもり)けど、どこまでできてるかを
見てもらおうというのを、主な目的にすえる。

紙への書き出し方とかはそんなに的外れなことを
やってたわけではなかったようなので、少し安心。
でも、やっぱり見てもらうと抱えに抱え込んだものが
無尽蔵にあるようだったので、いろいろ助けてもらって
たくさんひっぱり出してもらった。

出るわ出るわ産廃油のようなベットベトのどす黒いものが。
特に「親」に対するブロック。

親が望む人生を生きなきゃならない。
親が望む幸せな姿を見せなきゃならない。
親には常に元気な姿を見せなきゃならない。
そうしない子供は存在する意味がない。

などなど。

自分でもその部分に関する底知れぬブロックの存在に
気付きだしてたとこだったんで、ああ、やっぱりなあという感じ。

まだまだ気持ちがざわつくけど、深く掘り下げるやり方
のコツを聞けたので、また気持ちを入れ替えて取り組
んでいこうっと。その先にあるものが見たい。
しっかり居座ってる脂肪らはいわゆるセルライトというやつなのか?

潜在意識にセルライトっていう特殊な脂肪ってほんとにあるの?と
聞いてみると、Noだった。

じゃあということで、代謝を司っているのは自律神経なんだから、自律
神経にちょっと聞いてみた。

なんかそういう代謝しにくい凝り固まった脂肪ってほんとにあるの?
⇒・・・・・・・・・

返事はなかった。
質問はちゃんと届いたよね?と聞くと、ちゃんとYesと返ってくる。

答えたくない?と聞くと、これもYesだった。

そういう単純なものとして考えれるものではないか?
⇒返事はなし

自律神経は忙しいだろうから、ここで深追いはせず、終了ー。
そんな簡単な話ではないような印象を受けた。

なんにしても、そこにあるべくしてあるということかな。

自分ってこういう性格かな?と特定しようとすると
いやそれとは反対の部分もあるしなあと思う。

じゃあ、「自分はありとあらゆるすべて」と言ってしまうと、
あれは嫌いだし、これには全く興味がないし、と出てくる。

いつも堂々巡り。
「自分の感覚を優先する」という言葉がなんかもやもやするので、
いろんなことそっちのけで考えてみる。

①自分の感覚を優先して行動する
②人の意見を全く聞かずに突っ走る

①は今だから言えるけど、なんらかのメッセージを受け取っていたり、
もしくはもっと普通の言い方で「心の声」を聞いた上での行動になる
と思う。なんらかの別の存在からの意見を聞いている。

②の場合、その行動からぶつかりあいなどが発生していると、それは
「ブロック」からの行動であり、他人の意見はおろか、もしかするとか
すかに出てきてるのかもしれない「心の声」すら無視してる可能性が
ある。

と考えるとしっくり来るかな~。両者は似て非なるもの。

当然①にもブロックが混じる可能性はあると思うから日々の鍛錬は
必要やなと。