”ありがとう”の効用と落とし穴 | 冒険航路舎

”ありがとう”の効用と落とし穴

こんばんは、とぉせんです。


土日は何かしらの稽古をしていることが多いですが、平日は基本的にサラリーマンをやっております。


日常と稽古、学生であれば勉強と部活の両立といったようなテーマ立てがされそうですが、日常こそが稽古の実践であり、また一番の稽古の場である、とも言えましょう。


今日は、そんな日常の中での失敗談を書いてみたいと思います。


反面教師として、何かみなさんのお役にたてれば。




”ありがとう”のような”良い言葉”を使っていると、良い影響がある、というようなことが言われます。

氷の結晶ができる際に”ありがとう”という言葉をかけると綺麗な結晶ができる、という研究結果が発表され、賛否両論が巻き起こったことを御存じの方は多いと思います。


研究の賛否についてはここでは問題にしませんが、言葉が人間に影響を及ぼすか及ぼさないか、という話で言えば、”及ぼします”と言えます。



船長の記事(姿勢の大事)にも少し関係しますが、こんな実験ができます。



まず、正座をします。

(別に正座じゃなくて椅子に座った形でも構いません)


そして心の中で、自分が思いつく限りで最悪な言葉(”くそったれ”でも”ばかやろー”でも、自分が最悪と思えば何でも結構です)をひたすら連呼しましょう。
連呼した状態で、誰か他の人に胸を押してもらい、それに対して抵抗してみてください。


どのくらいの力で抵抗できましたか?


今度は、姿勢はそのままにして、心の中で、”ありがとう”を連呼してみましょう。

誰に対して?とか、何に対して?とか考えず、とにかく心の中を”ありがとう”で一杯にしてください。
そして、その状態で、さっきと同じように他の人に胸を押してもらい、抵抗してください。


抵抗する力はどう変わりましたか?

他にも色々と実験法はありますが、ほぼ確実に、”ありがとう”を連呼した方が強く抵抗できます。
”ありがとう”という言葉によって、それを発する人の抵抗力に影響が出た、ということですね。



つまり、日常を全て”ありがとう”で満たせば、自分に向かってくること全てに対して、強い抵抗力を持った状態でいられる。

強い人間になれる


だから、”ありがとう”を使えば使うほど、あなたは強い人間になれるのです!!!




”ありがとう”の影響力を知った私は、


◎普段の生活で、できる限り”ありがとう”を使うことにする、怒られたら怒ってもらえたことに”ありがとう”、冷たくされても嫌味を言われても試練を与えてくれて”ありがとう”と思う


◎一日の終わりには、その日に起こった出来事に対し、5つの”ありがとう”を手帳に書く


ということを決めて、実践してみました。




その結果、1年後には会社の大きなプロジェクトを任されるようになり、

恋人もでき、
「とぉせんさん、今までとはすっかり変わったね」と言われることが増え・・・・



・・・・となれば、めでたくハッピーエンド、成功本のひとつでも書けるのでしょうが、そうは上手くいかないのが世の中です。



始めた当初こそは、笑顔でいられる時間が増えたようにも感じましたが、半年くらい続けるうちに、苦手な取引先へのメールに”ありがとう”を書くこと(しかも、特に感謝するような場面でもないのに)に対し、非常な違和感を覚えるようになってきて、最終的には普通の対応に戻りました。
手帳への書きつけは、1年以上続けましたが、こちらもいつしか違和感の方が大きくなって止めてしまいました。



普通に考えたら、”ありがとう”を言われて気持ちの悪い人はそういませんし、自分も強くなれるはずなのに、どうして嫌になってしまったのでしょう?

自分の分析は、こうです。



苦手な相手への”ありがとう”。

全くこちらの思う通りに動いてくれず、こちらからお願いしてもまず聞いてくれない相手に対し、敬遠したい気持ちはあるけれども、感謝の気持ちはありません。

そして、そんな相手に対して”ありがとう”を無理やり使う時、脳の中の感情と言語を繋がる働きが非常に混乱します。

「あれ?”ありがとう”は感謝の意味じゃなかったっけ?恨みの意味に感じるんだけど・・・」と。

困った脳は、こう処理します。

「そうか、今は違うけど、未来の見返りに対しての感謝として”ありがとう”を使ってるんだ!

”ありがとう”は”オレの言うことを聞け”なんだな。」


こういう回路が出来上がると、自分の感情と言葉がどんどんとねじ曲がっていきます。
ここでの違和感は、このねじ曲がりだったのでしょう。



手帳の書きつけですが、最初は具体的なエピソードを思い出しながらの”ありがとう”が、毎日繰り返していく中で、ルーチン化してしまったことに後で気付きました。

「Yさんは一緒に同じ仕事を担当しているから、今日も”ありがとう”だ」

「部長は私達のことを気遣って仕事してくれてるから、今日も”ありがとう”だ」

こうなると、Yさんや部長は単なる記号となってしまい、対象を失った”ありがとう”はただの文字になっていくと共に、
「これだけ”ありがとう”を並べたのだから、この先、自分にとって何か良いことが起こるに違いない」

というスケベ心に結びついていたことに、ある時気付いてしまいました。


それに気付いてから、もはや書きつけを続ける気はすっかり失せてしまいました。



”ありがとう”という言葉には、確かに力があります。
ただ、同時に、人はそれを台無しにしてしまうほどの力も持っています。



人にも自分にも嘘をつかずに、言葉を使えるでしょうか?


”ありがとう”の効用を知ることはゴールではなく、

単なるスタートでしかない


今はそう思います。