姿勢之大事 | 冒険航路舎

姿勢之大事

(やまもと)



武術では「姿勢」というものが重要視されます。

これは、武術に限ったことではありませんが、僕は武術から割り出した事なので、武術として書いてみます。


ちなみに、僕がここで言う武術とは、いわゆる「流派」ではありません。

空手や柔道や剣道、といった具合に区分けされるものにも属しません。


なんせ僕自身、これを何と呼んで人に説明できるのか解っていません・・・(苦笑)



千葉に住む、東洋医術の師匠から「禅」を基盤とする様々なことを学んでおり、そこから導き出されたものです。

「山本流」と言えばそうなりますが、そういうものではありません。

流派になると、それ(つまり形)を教える義務が生じます。

師とやってきた事は、そういう形式を伝えるものではないのです。



個人個人がそもそも持っている能力があります。

個性とも言えますね。

簡単に言えば、その能力に自ら気づき、自らの工夫でそれを磨いていくものと言えます。


だから自由なのです。

自由なため、流派として教えることは不可能です。

言うなれば、各々が一流派となるわけです。


そのために、まず眠った能力を引き出す必要があります。


自分の能力がわかってくれば、「武術」という範疇には収まらなくなります。

僕はこの感覚で、武術を行い、東洋医術を行い、経営やコミュニケーションや殺陣などを行います。


僕が何をやろうが、僕自身がやる事に違いは無いので、ただ単純に「守るべき要訣だけを守る」事に徹するだけです。
「こういう場合にはこう」「ああいう時にはどう」

と言ったものは、別にありません。

それらは、状況に応じて応用変化させれば良いだけの話で、やはり僕が守ることは変わらないのです。


つまり「一即多 多即一」であり続けるだけなのです。




能力と言うのは目に見えません。

だから、一番身近な能力である「身体」からアプローチをします。


その際に、手っ取り早いのが「姿勢」です。

百科事典などによると、身体の状態(静止or運動)のいかんを問わず、身体の状態を保つことと書いてあります。

それを「構え」とも言います。


この「構え」については、次に話したいと思います。




運動科学的に「正しい姿勢」と言う定義があります。

しかし、人は「こう」と決まった構造をしていません。

大体同じですが、「大体」であって「確実」ではありません。

これも立派な個性です。


だから、型枠通りの「正しい姿勢」を強いることは僕はしません。

片足の無い人には、それなりに。

背骨が曲がった人には、やはりそれなりに。



ただし、守るべき「要訣」があります。

それは、体型や身体状態は関係ありません。

まずは、重力の線に従って、体が安定することを考えます。


僕は、両足で立つ、片足で立つ、椅子に座る、坐を組む、歩く、走る、何かをする・・・

こういうあらゆる状況でも、余計な力を抜き、心を安定させ、肉体を安定させる鍛錬をしています。

これによって、自分がどんな状態になっても変わらない心身を身につけるのです。


「安定」は硬いものでも、動かないものでもありません。

安定しながら、自由に柔らかく動くことも止まることも自在になることを第一目標に置きます。


この辺の部分は、文字で書いても伝わらないので、直接学びに来て下さい。



ちなみに、うちの師は「外形」「相」と言う言葉をよく使います。

相と言うのは、手相などと同じ相。

つまり外側に現れ認識された姿という事です。

坐禅では、まず「坐相」を作ってから禅定に入ります。


体の相が出来てくると、内側の相、つまり心の形を作る鍛錬を行います。

内と外はほぼ同時進行で鍛錬しますが、内側はとても難しい。

僕にはとにかく難しいので、まずは確実に外形の相を作ることにしています。



こういう事をしていると、段々と「内は外、外は内」と言う感覚が湧いてきて、そういう区分けが難しくなってきます。

これも、書いても話しても、この感覚を共有していない人には、全く通じません。

やはり、一から段階を追う必要があるのでしょうね。





一つ実験をしましょう。


椅子に腰掛けます。

腰を丸めて、猫背になって、ちょっとうつむいてみましょうか。


そこで、何でもいいから「ネガティブ」なことを考えてください。

「嫌だな」「しんどいな」「腹立つな」「あいつ嫌いや」「アホ」

何でもいいです。

どんどん考えてみてください。

そうして、その時の感覚を覚えておいて下さい。


次に、骨盤を起こして立てます。

背筋を伸ばします。

胸骨を引き上げます(深呼吸すれば引きあがります)。

背中にある肩甲骨を引き寄せて狭めます(逆に胸は開いてきます)

これだけやと肩があがるため、引き寄せたまま肩をグッと落とします。

最後に、あごを少し引きます(耳たぶと肩の先が、横から見て真っ直ぐ縦に並ぶ感じ)


これは、運動学的に見る「正しい姿勢」に限りなく近づきます。


この姿勢のまま、さっきの様に「ネガティブ」なことを考えて下さい。

どうですか??

この感覚も、しっかり自分の中に取っておいて下さい。



ほな、もう一度姿勢を崩しましょう。

そうですね、次は「ハッピーなこと」をイメージしましょうか。

どこまでもハッピーなこと。

ほんで、再び背筋を伸ばして「ハッピー」を考えてみて下さい。



こうして、両方から得られる感覚情報の比較検証をしてください。


違いがありましたか?

どっちが好きですか?


実際、自分が嫌な気分の時は、どんな姿勢だと思いますか?

楽しい気持ちの時は、どんな姿勢だと思いますか?


ストレス一杯の時や、嫌な会議の時、上司に呼ばれた時、なんとなくむしゃくしゃしている時。

ありますよね。

僕にもあります。


そんな心の状態の時の自分の姿勢を、一度見てください。

で、どうすれば変わると思いますか?


高価な道具や、怪しげなお守り、よくわからない新興宗教。

別に何に頼っても構いませんが、もっと身近で強いものがあると思いませんか?



姿勢と言う漢字を分解すると「姿」「勢」ですね。

僕は「勢いのある姿を姿勢と言う」と患者さんや、うちのセミナーに来る人に言います。


勢いがあるというのは、力があります。

前に出る、上に伸びる、なんとなくそんなイメージが湧きます。


もう一度、さっきの実験の感覚を思い出してください。

違いが無くても一切問題ありません。


僕が「こうでしょ」と言うこともありません。

これを言ってしまうと、僕の形を押し付けることになりかねないからです。

自分の感覚は、自分で取る以外に道はありませんからね。



これは、武術でも何でもないですが、これが武術でえらい効果を発揮するんですよ。

そんな話もいずれまた。