飛行機より断然安く、ホテルからバスの待ち合わせ場所のタクシー代も含めて、22$。
しかし、案の定トラブルが待ち受けており、バスのタイヤがパンクで2時間後の便で行くことに。
時間が余ったので、アメリカ戦争博物館に行きました。
日本では『ベトナム戦争』で通っているものも、当のベトナム側からすれば、もちろんベトナム戦争ではなく『アメリカ戦争』であり、当たり前のことですが、自分たちが片側からの視点で物事を見ていたと実感しました。
こんな些細なことですが、自分と違う慣習や文化の中で育った人達と同じ時間を過ごす、またはその中に入っていくということからも、
一歩世界に出ると、必然的に多角的な視点で見ざるを得ない状況
を経験しますので、『世界に出ることは物事を多面的に捉える視点が身に付く』という考えを改めて実感しました。

これは入り口に展示されている実際に使用された戦闘機
入り口には実際に戦争で使われた戦闘機や戦車が展示されています。
多くの人が記念写真を楽しんでおり、僕も案内を頼んでいたバイタクの運転手さんに写真を撮ってもらいました。
しかし中に入り、2階に上がると空気が一変していました。
戦争で犠牲になった多くのベトナム人の写真の部屋。
ほとんどが白黒なのですが、写っている子供は全員が恐怖に怯えた泣き顔です。
そして、大人は冷めた目で達観に近い表情でカメラを見ていました。
大人は自分たちがどうなるか分かっているから諦めに近い気持ちなのでしょう。
そして子供は分からないから泣きわめく。
2人の兄弟が撃たれて血を流す写真。
お兄ちゃんが弟をかばいながら倒れていました。
入り口の戦闘機とは違ってカメラなんて向けられませんでした。
さらに上の階に上がると、枯れ葉剤の影響で出産異常の子供たちの写真が何十枚も掲載された部屋で、最初に僕の目に飛び込んで来たのは、四足歩行で歩く子供の写真でした。
しかも、これらは戦中の写真ではないので、2000年代のものも多く鮮明なカラー写真です。
僕は一人でしたが、周りのカップルや友人グループで来ていた人たちがそれらの写真の前では離れて別々に歩くのです。
まだ下の階では一緒に写真を見ながら何かを話す光景も見れましたが、3階ではそのような光景は一切ありませんでした。
それぞれが思い思い写真の前で立ち止まり、涙目になりながら、何かを考えている姿が見られました。
写真には下半身が変形して四足歩行で歩く子供たち、
口が裂けている子供たち、
頭が破裂しそうなほど膨らんで眼球が飛び出している子供たち、
ただ共通していることは
写真に写っている親の顔がとても穏やかなことでした。
胸が痛くなって目を背けたくなる程に痛々しい状態の子供を抱きながら、とても優しい眼差しをしていました。
僕も娘がいるのですが多分どのようなことがあっても自分の子供で愛情は変わらないのだと思います。
『こっちの親もいい表情しているな』
『あっ、こっちの親もとても優しく笑ってる』
と見ていく内に、
写真の横に子供がその撮影日の次の日に死んだことや一週間後に死んだことが書かれている説明がありました。
表情が分からないほどの顔をした奇形の子供
優しい眼差しで自分の子供を愛する親
そしてその翌日には子供を失う親
犠牲になる子供たちは戦争を知らない世代で孫、ひ孫の代まで発症しているそうです。
いかにして一度の戦争が何年にも渡って日常の幸せを壊しているかを肌で感じ、自分も写真の前から動けなくなりました。
目の前のベトナムの子供たちの写真を見ながら、
博物館までバイタクで送ってくれた運転手や街で見かけた小さい女の子の笑顔が思い出されて、
重たい気持ちになりました。

今までも写真などで見る機会はありましたが、それらが大量に並べられている博物館は迫力が違いました。
その時日本人は僕だけでしたが、多くの方が涙目で写真の前で動けなくなっていたのは同じように何かを感じていたのだと思います。
ベトナムに足を運ばれる時には是非一度足を運んでみて下さい。
(見せ物みたいであまりオススメは出来ませんが、枯れ葉剤で検索すると多くの写真を見ることも出来ます)
