てりもせず くもりもはてぬ 春の夜の

おぼろ月夜に  しくものぞなき*1

(大江千里・新古今和歌集 巻第一 春歌上 55)

*1…「しくはなし」で、及ぶものはない 匹敵するものはない

 

明るくはっきり見えるわけでも、すっかり曇っているわけでもない、春の夜の朧月夜にまさるものはない。

 

こちらの画像は、写真ACにアップロードされたものです。

 

お昼間は全国的に雨に見舞われました。今夜は満月。あいにく厚い雲が夜空を覆うばかりですが、その向こうには美しいお月さまが浮かんでいるのですね。

 

秋の名月といえば夜空に煌々と輝くさまを思い浮かべる一方、春の月はどこか朧(おぼろ)に霞(かす)んでいる姿こそ、という気がいたします。

 

この句は、白居易(白楽天)の漢詩から採ったものとのことです。寒い冬を越えて、過ごしやすくなった春夜の雰囲気が伝わってきますね。心を静めて書き下し文を朗読したいものです。

 

明るからず暗からず、朧朧(ろうろう)たる*2
暖かからず寒からず、慢慢(まんまん)たる*3
独り空床(くうしょう)に臥(が)して*4、天気好(よ)し
平明(へいめい)*5閑事(かんじ)*6心中(しんちゅう)に到(いた)る

*2…ぼんやりした *3…ゆるやかな *4…「空床に臥す」で、寝床に横になる *5…夜明け *6…つまらないこと

 

お月様 お月様 お月様 お月様 お月様

 

 

連日の新型コロナウイルス感染拡大の報道に触れ、気の滅入る思いがします。「コロナ」と無縁だった、わずか少し前の日常を懐かしく思い起こしてしまいます。うららかな春がやってきたというのに、どうしてこんな暗澹(あんたん)たる思いに包まれなければいけないのでしょう。

 

厚生労働省の発表する新型コロナウイルス感染症の現在の状況と厚生労働省の対応について(令和2年3月10日版)によると、日本国内での感染者は514例、死者は9名とのことです。新型コロナウイルス感染者数の推移(朝日新聞)はビジュアルで確認できます。

 

さて、いまから75年前の昭和20年(1945年)3月10日、第二次世界大戦の末期に東京大空襲が行われました。焼夷弾を使った米軍の無差別爆撃により東京都区部は焦土と化し、罹災者は100万人を超え、死者は10万人に至りました。

 

そんななかからでも、生き残った人々は目の前の不運にも絶望せず、犠牲者への追悼の念とともに、みんなで力を合わせることで、時を経て復興を果たすことができました。

 

「流れに身をまかせていれば、運は開けてきます。」

 

その都度、自分のできることを可能な範囲で行いながら、いたずらに心を乱すことなく、時の流れに身を任せていく。つまり日々を丁寧に生きていくことが大切だということですよね。

 

ただ、今回の新型コロナウイルス感染拡大の渦中においては、わたしたちが注意しなければならない点が、少なくとも二つあると主観的に考えております。

 

□ 何ごとにおいても、いまは極力リスクを回避すること

 

まず、国内では政府による大規模なイベントの自粛要請から2週間、学校休校から1週間余りが経過しました。感染拡大をある程度防止する効果はあったでしょうが、その代償となる経済的損失や国民の疲弊は計り知れないほどに凄惨なものとなっています。

 

海外では世界経済を牽引している米国での感染者数が700名を越え、日本での数を上回る状態となっています。これが金融市場の大きな不安定要因となり、原油価格の下落も相まって、9日の米国株式市場はNYダウが2,013ドル安、過去最大の下げ幅を記録しました。

 

この先に感染拡大が抑えられて経済活動が正常化するのか、はたまた「自粛」「移動制限」の長期化で多くの企業やひとがさらに困窮するのか、今夏の東京オリンピック開催にも影響が及ぶのか。世界的規模の大問題でありながら、不明点があまりにも多すぎます。

 

□ 温暖な春のうちに夏の備えを進めれば憂い少なし

 

日ごとに冬の寒さが和らいで、温暖な春を迎えられました。ただその先には暑い夏が待っています。2月25日に気象庁が発表した暖候期予報では、今夏の気温は平年並みか高くなる見込みとしています。昨今多発している台風や水害に見舞われる懸念も出てきます。

 

気温上昇に伴って新型コロナウイルス感染拡大ペースが鈍化するのかどうか、やはり確かなことはわかっていません。猛暑対策、災害用備蓄から家屋の修繕や掃除に至るまで、『アリとキリギリス』のアリよろしく、温暖な春のうちにできることを済ませておきましょう。

 

3月11日で、2011年に発生した東日本大震災から9年を迎えます。日々を暮らせることに感謝しつつ、目の前の不幸に絶望することなく、いまの自分にできることは何かを考えながら、その時々の流れに身を任せていくこと。わたしは、これがやはり大切なのだと思っています。